コラム
2019/12/01文化社会学部広報メディア学科 笠原一哉 講師
東京証券取引所(東証)では、年内最後の営業日に「大納会」と呼ばれるイベントが開かれる。その年に話題になった人物が招かれ、取引終了の鐘を鳴らすのが恒例だ。
10年前の大納会が行われた2009年12月30日、私は読売新聞社を退社した。経済部で東証を担当していた私は、この年のゲストだったゴルフの石川遼選手が鳴らす鐘の音を聞きながら、新聞社の将来について考えていた。
取材で会う証券会社幹部の多くは、前年に日本に上陸したiPhoneで最新の株価を入手していた。日経の無料サイトを閲覧し、「紙はやめた」という人も出始めていた。日経が有料の電子版を始めるのはこの翌年だ。
一方、当時の私の日課は、午後1時ちょうどの日経平均株価を東証内の専用端末で印刷し、夕刊に載せることだった。端末は1分単位で更新されるため、12時59分までに取材先から戻らなければならない。「夕刊を読むのは新聞記者だけ」と記者が自嘲する時代に、誰がこの情報を必要としているというのか。
むなしさが募る中で思い出したのが、入社時の研修で新聞販売店の店主が語った現実だ。最も読まれるのはテレビ欄と折込広告。そういう商品を1軒ずつ、頭を下げて売っている、と……。
それから10年が経った。日本新聞協会に加盟する新聞の合計部数は約2割減ったが、この間に唯一、売り上げを維持できたのが日経だ。紙の部数は305万部から71万部減ったが、電子版で得た73万部で相殺された。
では、電子版に活路はあるのか。ニューヨーク・タイムズ電子版の契約者数は約300万人、ウォール・ストリート・ジャーナル電子版も130万人程度という。いずれもデジタル化の成功例とされているが、20億人以上という英語圏市場でこの数字だ。
片や減ったとはいえ、読売は約800万部、朝日も約550万部。これまでが多すぎたのだ。巨大な部数を支えてきたのは、販売店の、時に強引な営業努力だった。
読者のニーズを見失ったまま同じ内容をデジタルにしても、部数はさらに減る。「新聞大国日本」の真価が問われる、次の10年となる。
(筆者は毎号交代します)
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