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コラム

2022/05/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

サメに食べられたヒト

人文学部人文学科 日下宗一郎 講師

 

私の専門は自然人類学である。人類学の中でも「自然」とつくこの分野は、生物学的な観点から人間性とは何かを研究している。そんなヒトの専門家がなぜサメの話をするのか、解題していくこととしよう。

 

私が「人骨の研究をしています」と自己紹介をすると、顔をしかめる人もいる。人骨というのは普通の人にとって、いぶかしいものかもしれない。生きているときには、自身の歯しか自分の骨格の一部を触ることができず、いちばん身近で、いちばん近寄りがたいもの、それがヒトの骨である。

 

そのようなヒトの骨から、過去の生活や生業の実態を解き明かそうと試みるのが、「骨考古学」と呼ばれる一分野である。ヒトが生きた証しである骨には、生前のさまざまな情報が記録されている。

 

たとえば最も基本的な情報として、性別がある。頭蓋骨や骨盤には、男性と女性で骨の形がやや違う部位がある。それらの違いを見極めることで、古人骨と呼ばれる古い骨の場合でも、性別を推定することができるのだ。骨考古学の研究の一つとして、面白い事例を紹介したい。縄文時代の古人骨の中に、無数の傷が残された標本があった。それらの傷は、解体や争いによってつけられたものではなかった。多数の鋭い傷は何によって残されたのか、多くの研究者が観察してきたが、その理由は定かではなかった。

 

最近になって、サメによるものという仮説が立てられた。標本を並べてみると、左の手のひらと右脚の腿より下が失われていた。骨はCTスキャンにかけられ、三次元データが構築された。数えられた傷の総数は、790カ所にのぼった。頭部は手で守られたのであろうか。傷は少なく、手足や胴体に傷が多かった。このような状況から、サメによる襲撃の被害者ではないかと考えられるようになった。

 

縄文時代にサメに食べられた人がいた。しかも、貝塚遺跡の中に埋葬されていたことは、仲間が埋葬したことを意味している。サメに襲われたときに、仲間によって助けられたのだろうか、それとも海岸に流れ着いたのか、想像は膨らむばかりである。

 

(筆者は毎号交代します)

 

日下宗一郎(くさかそういちろう)

1982年岡山県生まれ。京都大学理学部卒業。京都大学理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。専門は自然人類学。

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