コラム
2021/10/01
中秋の名月。実に8年ぶりに満月と重なったという2021年の月は、ふくふくとした輝きを放っているように思われた。飽きることなく何度も庭に走り出た。実際の月見と前後して、別の月を愛でる機会があった。ピート・モンドリアンの絵画《夕暮れの風車》の月である。ただしこの「絵画お月見」(と便宜的に呼んでおこう)で楽しめるのは、月が放つ清冽な光というよりはむしろ、月があぶり出す闇のかたちであった。
先だって、ピート・モンドリアン生誕150年を記念して開催された「モンドリアン展」が無事に閉幕した。展覧会の「代行クーリエ」として、デン・ハーグ美術館の担当者たちに代わり作品の状態点検や輸送の付き添いをしていた私は、《夕暮れの風車》を今一度じっくりと見る機会を得たのである。連載第1回でも書いたように、作品を間近で点検できる「展覧会コンサヴェーション」は、私が特に好んでいる作業である。実際、今回も心を強く惹かれた絵画は数多かった。たとえば、筆やペインティングナイフを縦横に滑らしながら色面を構成していく端正な初期の風景画、光の粒がこぼれ落ちるかのような点描表現が華やぐ《砂丘》シリーズ、側面に取りつけられた特殊な「額縁」が絵画と建築の境界について問いかけてくるかのような後期作品など、挙げればきりがない。
こうした興味深い作品群の中にあって、《夕暮れの風車》は、鑑賞者の視界を遮り威圧的にそびえ立つ風車のシルエットと、群生する生き物よろしく空を埋め尽くす不穏な雲が印象的な一枚である。図式的な表現傾向は、同年に描かれたコンポジション・シリーズに一部呼応しているが、本作品での月はまだ「月」と私たちが認識できる形状を保っている。月光は雲の隙間から滲み、空を不均一に踏み抜いた氷のように割り、散らかしている。月の光はここでは闇を照らす道標としてではなく、闇の縁飾りのように現れる。
満月を遮る雲が流れてくるたびに眉をひそめ晴れ間を待った私とは違って、モンドリアンは雲を流す風を待ち望み、雲の向こう側から滲み溢れる光が夕闇を無数のいびつな図形に仕切るさまを描くことで、月を──月明かりが生む闇のかたちを愛でていたのだろう。現実の月を見、モンドリアンの描いた闇を見る。贅沢な秋である。
(筆者は毎号交代します)
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