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コラム

2022/11/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

骨に記録された食事

人文学部人文学科 日下宗一郎 講師

 

よくゼミの学生に「今日の朝ご飯は何を食べたか」と聞いてみることにしている。食パンを食べている人が多く、お米を食べている人は少ない。中には朝ご飯を食べない人もいて、心配になる。
 
何を食べるかということは、人間の文化的要素の一つである。食文化と呼ばれるように、集団ごとに主要な食材や調理法まで決まっている。食文化は祖先から受け継がれてきたものであり、子どものころから慣れ親しんだ食事は、大人になっても好まれる傾向にあるようだ。
 
日本の主食といえばコメであろう。コメは弥生時代になって日本に導入された食物であり、人類の歴史でみればごく最近のことである。その前の縄文時代には、クリやクルミなどの堅果類がエネルギーをもたらす主要な食物であった。日本の食文化も変化してきたのである。
 
文字資料のない時代の食事は、遺跡から出土する食べ物からわかる。しかし、遺跡に残ったものは、誰が消費したものかはわからない。集落全体で利用された可能性があることがわかるのである。
 
ところが古人骨が出土していれば、個人の食事を推測することができる。骨の成分は生前に摂取された食物から合成されている。骨からコラーゲンを取り出して、炭素や窒素の同位体の比率を測定する。食物の中では、陸上の植物や動物と海の魚貝類では、それらの値が大きく違うため、人の骨の値と食物の値を比較することで、食事の傾向を推定することが可能となる。
 
縄文時代の食事はどのような傾向にあったのか。集団の中では、人によって食事の傾向がかなり異なることがわかってきた。植物ばかり食べる人もいれば、魚貝類に大きく依存した食生活をした人もいた。狩猟採集生活を送っていた縄文時代の人々は、食物を分配していたはずなので、食の個人差が生じていたことはとても興味深い。
 
毎日の食事の平均像が、骨にゆっくりと確実に記録されていく。縄文人の食事を調べることはできるが、何が正しい食事かについては教えてくれない。自分の骨にどのような食事を記録するかは、本人次第なのである。(筆者は毎号交代します)

日下宗一郎(くさかそういちろう)

1982年岡山県生まれ。京都大学理学部卒業。京都大学理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。専門は自然人類学。

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