コラム
2025/05/01
「新しい芸術の将来は南仏にある」。1888年、当時ジャポニスムが流行していたパリで浮世絵に魅了されたゴッホは新しい芸術を極めるべく、南仏の陽射しに日本の面影を求めてアルルに転居した。19世紀フランスは、合理主義や理性主義、科学に認識の意義を見いだすことはなかった。根源的な生命を重要視するゴッホも油絵という技法を武器に、ありのままの自然に生の真の姿を捉えようとしたのだ。
印象派の画家たちは、光と影、自然の風景など主観性をもってキャンバスに描き起こす。印象派の画法は「人のまなざし」を強調し、その視線が捉えた「一瞬」の情景を記録する。アルルの地でゴッホが描いた風景画には、画家本人、時にはそれを目にする人との間で、キャンバスの意味内容と自身を対置させるのではなく、自己を投影させ得る「ゆらぎ」がある。その世界では、自然と人間は対立するのではなく、むしろ調和しているようにさえ感じられる。
西洋では自然と人間の関係は長らく二項対立として捉えられてきた。「自然」(nature)という西洋語は明治後期に日本に輸入された言葉の一つだが、日本ではその言葉が定着するまで、人間の生も自然のサイクルの中に位置づけるという考え方が常であった。南仏で描かれたゴッホの絵には、日本的感性が捉える生と近似する側面があるのかもしれない。
では、ゴッホは南仏のどこに「日本」の片鱗を見いだしたのだろうか。私の研究フィールドでもあるプロヴァンスは、フランスの中でも特異な地方である。地中海性気候で比較的温暖だが、陽光をものともせずに冷たい空気を運んで来る北風「ミストラル」が一度吹くと、厚手の上着を羽織らずにはいられない。突発的な北風による激しい寒暖の変化は、日本の目まぐるしい季節の変化に似ている。
哲学者の和辻哲郎は「季節の変化が著しいように、日本の人間の受容性は調子の早い移り変わりを要求」し、その一つに「活発敏感」なる性質を指摘する。早期に地域意識の覚醒したプロヴァンスは、こうした気まぐれな気候と風土に影響を受けているのではないかと考えている。
(筆者は毎号交代します)
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