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コラム

2023/12/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

趣味のすゝめ

建築都市学部土木工学科 白水 元 助教

研究者には研究が趣味で仕事だという人もいるが、その実、別に確固たる趣味を持っていたりするものだ。物理学者の湯川秀樹は短歌を趣味とし、リチャード・P・ファインマンは絵画を残した。私の知己には楽器のアマチュア演奏家として活動する研究者も多い。
 
余暇に趣味を楽しむ文化は、個の生活と仕事が時間的に分離した社会になってから市井の人々に広がったと考える。産業革命以前の昔の人々は、あらゆる産業の分野で農村・都市問わず仕事と生活が時間的に混然とした日常を送ってきた。仕事に生活が拘束されていて、気休めに遊びながら仕事することやむなしという状況だ。
 
現代では機械のオペレーションによる生産やオフィスワークの現場では、効率的で安全で静粛な環境が求められ、かつて仕事に結びついて遊びとして行われていた事物(労作歌、作業歌、仕事歌などのかつての労働文化を考えてもらえば分かりやすい)は放逐されてしまった。一方で、効率化によって生産性が上がるにつれ、8時間労働制、週休2日制、フレックスな勤務体系の整備など資本側も応えてきた経緯があり、人々は仕事中の遊びを手放して余暇を拡充させてきた。余暇は休養だけでなく、運動によって仕事に不足した身体性を補完し、知的活動によって精神性を涵養するといった、積極的な意義を持つ趣味に割かれるようになった。
 
さて、私が長く続けてきた趣味に絵画がある。名画を鑑賞したり、創作のモチーフを得るために探求したり、制作に没頭したり、精神的・肉体的エネルギーと時間を消費するから、完成したときの喜びはひとしおだ。
 
また、最近は旧式の自動車を修理・補修して往時の見た目と性能を取り戻すのも楽しい。簡単な部分の修復から挑戦を積み重ねて自己効力感を得ているところだ。直した車を使ってのドライブ旅行や、サーキットでのスポーツ走行など、楽しみの幅も広がっている。
 
ライトなものでも、ヘビーなものでも、趣味の活動の過程で自分の領分を広げ、生活の深みや精神的な豊かさを獲得することができるはずだ。先人が獲得してきた余暇時間に感謝するとともに、読者の皆さんには趣味を持つことを勧奨したい。(筆者は毎号交代します)

白水元(しろうずはじめ)

1989年福岡県糟屋郡生まれ。博士(工学)。専門は水工学・海岸工学など。

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