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コラム

2022/02/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

真夜中の争奪戦

海洋学部海洋生物学科 中山直英 助教

 

海洋学部がある清水校舎の目の前に広がる駿河湾は、日本一深い湾として知られ、最深部はおよそ2500メートルに達する。駿河湾はただ深いだけではない。海底地形がきわめて急峻で、岸から沖合に向かって水深が一気に深くなっている。そのため、通常は陸から離れたところにある200メートル以深の深海が、海岸の目と鼻の先まで迫っている。

 

このようにユニークな地理的特徴を持つ駿河湾では、冬から春先にかけて、世界的にも珍しい現象が観察される。深海生物の「打ち上げ」だ。

 

駿河湾の断面図を想像してほしい。冬季に陸から海に向かって強い風が吹くと、岸近くにある表層の海水が沖合に向かって流される。すると、流された海水を補うように、海底を沿って深海にあった海水が岸近くの表層まで移動してくる。「湧昇流」と呼ばれる深場から浅場への流れだ。この湧昇流に乗って、普段は深い海に潜んでいる深海生物が海岸付近まで遊来し、まれに海岸に打ち上げられることがある。

 

深海生物の打ち上げは、主に日が沈んでから観察される。深海生物の中には、夜間に餌を求めて表層まで移動してくるものが多いので、打ち上げ現象はこのような生態とも関連しているのかもしれない。また、明るいうちは飢えたカラスたちが目を光らせており、たとえ生物が打ち上げられたとしても、すぐさま彼らの餌食となってしまう。

 

これらの事情から、打ち上げの観察や採集は主に夜中に行われる。文字どおり真っ暗な海岸線を、ライトで足元を照らしながら黙々と歩く。冷え込んだ日の夜は、海風が肌を刺し、心が折れそうになることもある。

 

つらい思いをしてまで海岸を歩き続けるのには訳がある。打ち上げられたばかりの深海生物を見つけたときの、感動と達成感がひとしおだからだ。これまでに、魚類、エビ類、イカ類、クダクラゲ類をはじめ、実に多様な深海生物を海岸で観察・採集してきた。発見した際に、まだ息をしていることも多く、つい先刻まで海中を泳いでいたかと思うと、海洋生物の神秘に触れた気分になる。

 

深海生物との出会いを求め、真夜中に駿河湾に集まる猛者は数知れない。この中には私だけでなく、海洋学部の熱心な学生も多く含まれる。まさに真夜中の争奪戦だ。

(筆者は毎号交代します)

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