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コラム

2025/06/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

ついにアメリカで病気になった

医学部医学科基礎医学系分子生命科学領域 谷口俊恭 教授

 

「十分な額の医療費をカバーする海外旅行保険に入ってください」――これは、ハワイでの英語研修に参加する学生に引率教員である私が必ず伝えるセリフである。

 

私は17年半アメリカで暮らし、うち12年はシアトルのフレッドハッチンソン癌研究所で研究室を主宰していた。その後、東海大学に異動したが、最初の半年は移行期間で、日本とシアトルを3週ごとに行き来していた。アメリカでフルに働いていたときはもちろん医療保険に入っていたが、全く病気にならなかった。だから「移行期間は保険不要。私、病気になりませんから!」と思っていた。しかし12年間私の事務を担当していたマーシーが言う。「アメリカの医療費を甘く見ないで。絶対に医療保険に入ってね」

 

さて移行期間も終わりに近づき、あと1週間でアメリカの研究室を完全に閉めて日本に戻ろうという日のことである。仕事中、心臓の裏側付近の背中が痛くなった。次第に痛みが強くなり耐えられない。これは胸背部痛という心筋梗塞、大動脈解離なども考えられる怖い症状だ。

 

病院の救急外来に行く。採血、心電図、心エコー、胸部造影CTは異常なし。「とりあえず何にでも効く痛み止め」を注射される。すると痛みはうそのように消えた。医師の診断はchest wall pain(胸壁痛)。2時間で救急外来から解放された私は、1週間後、無事に帰国した。

 

日本の我が家に最初に送られてきた請求書は約700ドル。「あら? 意外に安い」と思ったが、これは放射線科医のCT読影料だけで、次に来たのは病院からの約7000ドルの請求書。要するにたった2時間の救急外来滞在で合計7700ドル、日本円で約115万円(1ドル150円換算)も請求されたのだ。アメリカの医療費、恐るべし。でも実はマーシーの勧めに従って医療保険に入っていたので、自己負担は少額ですんだ。ありがとう、マーシー!

 

このような実体験もあって、私は「十分な額の医療費をカバーする海外旅行保険」を勧めているのだ。

 

ところで私の病気は本当に胸壁痛だったのか? 実はその後、日本でも同じ症状が現れ緊急手術を受けた。最終診断は胆石による急性胆嚢炎。胸背部痛の鑑別診断の一つに胆石・胆嚢炎があることを医学部生はぜひ覚えておこう。(筆者は毎号交代します)

谷口俊恭(たにぐちとしやす)

1966年東京都生まれ。東京大学医学部卒業、同大学院医学系研究科修了。博士(医学)。専門は分子生物学(DNA修復・がん)。

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