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コラム

2022/09/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

面接室の外の心理療法

文理融合学部地域社会学科ティーチングクオリフィケーションセンター 蔵岡智子 講師

 

前回は最初の就職先であった入所施設で、虐待を受けた子どもたちと生活をともにしながら、治療的であるにはどうしたらよいか模索の日々を送っていたことを書いた。

 

「心理療法は面接室の中で実施する」と大学院では習ったが、この施設ではどうやらそうではないらしく、日常生活に密接した場面そのものが支援の場であり、治療の場であると考えられていた。子どもと食事をするとき、散歩をしているとき、寝かせつけの本を読んでいるとき……。心理の専門性が生かせないと悩みに悩んだ。

 

しかし、恩師に相談に行くと「俺のようわからんことしてるなぁ。最先端やな!」と言われ、なんだかすごいことをしているような気もしてきた。基本単純なのである。

 

この施設で私が熱心に取り組んだのは、遊戯療法でも箱庭療法でもなく、「ジャンベ」だった。ジャンベとは西アフリカ起源の打楽器で、初心者であっても比較的きれいな音を出すことができ、演奏を楽しむことはできる。両手で刻むリズムは天然木をくりぬいて作られたボディ部分から演奏者にダイレクトに響き、体も魂も揺さぶる。

 

ジャンベには、曲によって一定のリズムがある。日ごろ、感情コントロールの難しい子どもであっても周囲の音に耳を澄ませ、動きを注意深く見ながら、リズムを合わせて即興で演奏する姿には胸が熱くなったものだ。

 

トラウマ治療の第一人者であるヴァン・デア・コークはアメリカでベストセラーとなった著書『身体はトラウマを記録する』において、打楽器とトラウマの関係について触れている。トラウマの治療にはもう自分を脅かす危険は去ったのだと頭で理解する方法に加えて、身体感覚を呼び覚ます方法が有効だという。

 

たとえば体を心地よくタッピングしたり、ボールを投げ合ったり、打楽器を叩いたり、踊ったりといったリズミカルな相互作用である。これらはリズム、声、表情、内臓感覚による意思疎通に依存しており、トラウマに起因する無気力や虚脱状態を脱することを助ける。

 

治療が面接室の中だけで進行しないことを、ドラムの響きを通して知った思い出である。 (筆者は毎号交代します)

蔵岡智子(くらおかともこ)

1976年熊本県生まれ。熊本大学大学院教育学研究科修了。臨床心理士・公認心理師。専門は心理学。

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