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コラム

2020/03/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

インテグリティ

文化社会学部広報メディア学科 笠原一哉 講師

記者時代、「完全な悪人も聖人もいない。『諸悪の根源』や『ヒーロー』を安易に描くな」と上司にしかられたことがあった。さまざまな人を知るほど、なるほどそんなものか、と腑に落ちる。

組織を憂える情熱の人がパワハラを繰り返していた。改革を訴えて感動を与える教養人が、グレーな経費請求で小銭を稼いでいた。表とか裏ではなく、どちらもその人の一面であり、ニュースとはある視点から単純化されたストーリーにすぎない。学生時代に「誠実さとは何か」と悩んだことが青臭く思えたが、どこか寂しい気持ちもあった。

もやもやが晴れたのは、「integrity=インテグリティ」という英単語をめぐる記事に出会ったときだ(2014年3月22日付朝日新聞「102歳私の証」)。「誠実、高潔」などと訳されるが、アメリカの大学教授が「一貫性、信頼性」と解説していた。

勝手に解釈を広げてみる。各自が責任と欲、理想と業を抱え葛藤するこの社会では、人間のあり方も複雑になるし、正解も一つではない。でもだからこそ、どんな場面でも何かを一貫させようとする姿勢に、誠実さや高潔さを感じるのだ。

そんな折、むのたけじ著『雪と足と』(文藝春秋新社)を読み返し、このジャーナリストの生きざまがより深く響いた。

むのは1945年8月15日、朝日新聞に辞表を出した。戦時中、紙面で聖戦完遂を叫び続けた同僚にも「ケジメ」を呼びかけたが、続く者はいなかった。故郷で「本当に信頼される新聞を育てたい」と週刊新聞を創刊し、30年間発行を続けた。学生時代に心を打たれた信念の歩みだ。

だが再読で発見したのは、「人間は複合した多面をもつ矛盾した存在だ」という言葉だった。病身の妻に購読料をかき集めてもらい、子ども5人の生活費と学費に悩みながらも新聞発行をあきらめられない。「人間を大切に、と紙面で訴えながら家庭では逆だ」と悶える姿に、強烈なインテグリティを感じた。

卒業生の皆さん。働き始めると、社会にはさまざまな人がいて、それぞれの正解があることを知るでしょう。道に迷ったときは、誰に対しても同じことを主張できているか、同じ態度を実践できているかと問うてみてもいいかもしれません。

(筆者は毎号交代します)

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