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コラム

2015/03/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

東海大学短歌会、始動。

文学部日本文学科 出口智之 准教授

神奈川に住んでもう5年になるが、湘南校舎からも、また書斎の窓からも、富士山や丹沢の山々を心ゆかしく眺めている。これまで平野のただなかの、山影などまったくない所にばかり住んできたから、山がそばにある暮しは多年の憧れであった。キャンパスへの行き帰りに、授業の合い間に、あるいは休日の散策の途中で、つねに目をやって天気をはかったり、季節を感じたりして楽しんでいる。慌ただしい生活のなかでも、高き山頂と峯々の稜線を眺め、はるかな土地や自然に思いを馳せられるのはうれしいこと
である。

こうした思いを抱く人は古来より少なくなかったらしく、山を描いた文学作品は枚挙にいとまがない。いつの時代も人気なのはやはり富士山だろうが、大山も早く『万葉集』に詠まれ、湘南校舎2号館前に歌碑が建てられている。東歌として採られた無名歌人の作で、山のもとに残して旅立ってしまった妻への思いを痛切に歌いあげている。かなり説明が必要な古代語なので全文の引用はひかえるが、ただ心情を述べるだけでなく、「相模峯の小峯」とあえて丹沢の山嶺を詠み込んでいるところに、山とともにあった生活が思われる。

文学作品を読んでいると、捉えどころのない漠然とした自分の気持ちにくっきりとした輪郭が与えられたり、同じような感覚を持つ見知らぬ作者に共感を覚えたり、また思いがけない物の感じ方を教えられたりする。時には反発することもあるが、それも含めて、得てして見すごしがちな人の心の動きがあざやかに現前してくるのである。具体的には手に取れない人間の精神について知り、考えること、私たちは文学作品を通してそれを学生に教えているわけだが、当然ながら読むだけでなく書くこともまた、みずからの思いを見つめ直す有効な手段だろう。そう考えて、作家、千草子としても活躍される小林千草特任教授を会長に、東海大学短歌会を発足させることにした。

本格的な始動は2015年度からで、月に一度、参加者が自作の短歌を持ち寄って互いに鑑賞しあう歌会が活動の中心になる。夏と冬の休みには、歌人でもある鈴木泰恵先生をお迎えして少し大きな歌会を開き、年に一度は雑誌も刊行する予定である。自分の思いに向きあい、微細な心のそよぎを磨きあげた言葉で表現する体験は、きっと世界に新鮮な彩りを与えてくれるだろう。他学科の学生や留学生、未経験者も歓迎しているので、興味があればぜひ日本文学科に声をかけてほしい。

お待ちしています。
(筆者は毎号交代します)

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