share

コラム

2018/06/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

ベトナムの「日本橋」

工学部精密工学科 内田ヘルムート貴大 講師

日本橋と聞けば東京、あるいは大阪にある橋を思い浮かべる人が多いかもしれないが、実は日本の外にも存在する。その一つがベトナム中部のホイアン旧市街にある「日本橋」である。朱印船貿易が行われていた16世紀末ごろ、この街には当時としては最大規模の日本人街が形成されていた。最盛期の日本人居住者数は1000人程度であり、発行された朱印状の約4分の1はこのホイアンとの貿易を許可するものであったとされる。日本以外にもオランダ・東インド会社の商館も設けられ、主要な貿易拠点となっていた。

その後、日本では江戸幕府による鎖国政策が始まり、ホイアン在住日本人にも日本に引き揚げるよう指示が出たが、この地に残ることを選択した者もおり、今も複数の墓が残っている。有名なものは、現地の田んぼのど真ん中に大きく作られた谷弥次郎兵衛の墓である。弥次郎兵衛も一度は日本への帰国の途についたが、ホイアンの恋人に会いたくて戻ろうとし、無念にも倒れた。彼の墓は日本の方角に向けて作られ、今でも現地住民に丁重に管理されている。歴史的にベトナムは多くの戦乱に巻き込まれた過去があり、墓を管理している方の話では、「日本人の墓ということで、墓の破壊を目的に銃撃されたこともあった」とのことだが、現地の方々の尽力で修復されたそうである。戦時中にもかかわらず、である。日本人街があった当時、きわめて良好な関係が築けていた証左の一つであろう。

朱印船貿易よりもはるか前からホイアン周辺は小麦文化圏である中央アジアと関係があった。フォーなどの米麺が主要な東南アジアにおいて珍しくカウラウ(Cao lã)という小麦麺も食べられており、「うどん」という形で日本へと伝わった可能性もある。ホイアンでは満月の夜には提灯をともすランタン祭が開かれ、灯篭流しも行われる。かつて漢字で「會安」と書かれたホイアンは、まさに現在もなお人と人、文化と文化を橋渡しする交易の拠点である。

取り巻く社会情勢が変化しようとも、人々や文化のつながりは簡単に切れないのである。これらの懸け橋を一つでも多く後世に残すことは、現代の国際社会を生きる我々のなすべきことである。(筆者は毎号交代します)
 
うちだ・へるむーと・たかひろ 1980年西ドイツ生まれ。東北大学工学部卒業、同大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻修了、ドイツ・ゲッティンゲン大学物理学部付属材料物理学研究所でDr.rer.nat.(Ph.D.)取得。専門は材料工学、材料物理学。

Point of View記事一覧

2024/03/01

人生は長い旅路

2024/02/01

“違和感”が教えてくれたこと

2024/01/01

理科で学ぶ「条件制御」を日常に

2023/12/01

趣味のすゝめ

2023/11/01

海を渡ってブリコラージュ

2023/10/01

「推し本」を語り合うこと

2023/09/01

君たちはどう逃げるか

2023/08/01

「未来塾」で見る日本社会の「未来」

2023/07/01

「分かりやすさ」にご注意

2023/06/01

衣付けの楽しみ

2023/05/01

ぷらっと優しいつながりを

2023/04/01

AIが変える検索と教育の未来

2023/03/01

カウンセリングとアドボカシー

2023/02/01

骨にまで残る病気

2023/01/01

まず隗より始めよ②

2022/12/01

カウンセラーもがまださんと!

2022/11/01

骨に記録された食事

2022/10/01

まず隗より始めよ①

2022/09/01

面接室の外の心理療法

2022/08/01

歯の抜き方も好き好き?

2022/07/01

活用なき学問は無学に等し

2022/06/01

模索の日々

2022/05/01

サメに食べられたヒト

2022/04/01

挑戦できない社会人を大量生産しないために

2022/03/01

コロナ禍で進むICT利活用、今後は?

2022/02/01

真夜中の争奪戦

2022/01/01

黒い雪

2021/12/01

思考の整理に便利なツール

2021/11/01

3年半を振り返って

2021/10/01

月明かりが生む闇のかたち

2021/09/01

アフターコロナの学びを考える

2021/08/01

分類学と博物館を巡る旅

2021/07/01

喘息と獣

2021/06/01

学ぼうと思ったきっかけ

2021/05/01

深海魚と私

2021/04/01

作品をみることは、自分自身をみること

2021/03/01

お題〈番外編〉 卒業を振り返る

2021/02/01

趣味を通して世界を広げる

2021/01/01

〈自分の意見〉を伝えること

2020/12/01

お題③ざんねんないきもの

2020/11/01

動物愛護とアニマルウェルフェア

2020/10/01

〈別れ〉と向き合う

2020/09/01

お題② 平均

2020/08/01

家族や友人との食事こそ

2020/07/01

〈二人の時間〉の過ごし方

2020/06/01

お題①辛口コメント

2020/05/01

笑う動物

2020/04/01

「出会い」がもたらすもの

2020/03/01

インテグリティ

2020/02/01

Universityの楽しみ方