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コラム

2020/05/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

笑う動物

農学部応用動物科学科 伊藤秀一教授

この数週間、テレビで服を着たチンパンジーの姿を見る機会があります。表情豊かに笑ったり、喜んだり、元気に跳び跳ねたりして、とても楽しそうに見えます。そしてナレーションはその行動をうまく表現しているように思えます。さて……彼は本当に楽しんでいるのでしょうか?

チンパンジーの行動や能力、感情に関する研究は数多く、特に日本では優れた研究者が多いことが知られています。それらの研究によると、チンパンジーはさまざまな感情があり、「笑う」という表情もあるようです。しかし、 ショーに利用されるチンパンジーは「笑顔や笑いなどのポジティブな表情」よりも「恐怖・不安・不満といったネガティブな感情が多い」ことが確認されています。つまり、ヒトの“笑う”表情と、チンパンジーの“笑う”表情は、 異なる外観ということになります。もしチンパンジー(Pantroglodytes)がヒト(Homo sapiens)であるなら、画面 から受ける印象と実際の感情はそれほど乖離していないかもしれません。しかしチンパ ンジーはチンパンジーであり、ヒトではありません(どちらが優れているかではなく、異なるということです)

ショーに使うチンパンジーは、約10~20歳を過ぎるとヒトとの生活が困難になりますが、ヒト社会で成長している個体は、チンパンジーの社会には入れません。その後の一生を孤独に過ごすしかないと言われています。また、ショーに使うには早期に母親から分離する必要があり、それは脳の成長に悪影響を及ぼします。寿命は50から60年なので、30年以上を孤独に過ごす動物をつくり出していることになります。

ヒトは動物を利用して生きてきました。食べたり、飼ったり、展示したり、実験に使ったり。どこまでが許せて、どこからが許せないかは人それぞれの考えもあります。文化的な背景もあります。国や宗教、時代によっても変わります。“映像では楽しそうに見えるのだからいいのでは?”と考えることもできるかもしれません。しかし、科学的に証明されている「不幸」を「かわいい」と感じることは、双方にも不幸だと思うのです。私はこのチンパンジー の姿を楽しむことができません。(筆者は毎号交代します)

いとう・しゅういち 1972年千葉県生まれ。専門は応用動物行動学、アニマルウェルフェア学。

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