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コラム

2017/01/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

何も見ていない

課程資格教育センター 篠原 聰准教授

私が研究している美学・美術史は、研究対象を文字どおり「みる」ことから始まる。絵画の場合、まず「何が」「どのように」描かれているのかをみる。画家が残した文章や研究者の論文もたくさんみる。長い時間、絵と向き合っているとだんだん愛着がわき、その絵が描かれた歴史的な背景や、現在の視点からみてこの絵に「どんな」意味があるのかが気になりだすからである。電子顕微鏡やX線CTスキャナーの力を借りて絵をみることもある。

「みる」とよむ字は、文献に使用される字だけで30字をこえるようだ。白川静著『常用字解』(平凡社、2012)の「音訓索引」をひもとくと、「目・見・看・相・眼・視・視・診・督・察・睹・監・覩・覧・観・覽・鑑・觀・矚・民・眠」の記載がある。

たとえば「看護」や「看病」の「看」は、手と目とを組み合わせた形で、目の上に手をかざしてものを「みる」という意味があるように、一つひとつの字にそれぞれの見方がある。「みる」という営みの多面性や奥深さを感じるとともに、先人たちがそれぞれの字に込めた思いが伝わってくる気がする。

ミヒャエル・エンデの小説『モモ』には、灰色の男たちに時間泥棒された人々が機械の歯車のようにあくせく働く様子が描かれている。効率化を求める現代の仕事の現場では必然的に、人間を非人間的に扱う傾向が強まる。

合理性や採算性の追求は悪いことではないが、その結果、富の格差が広がり、子どもの貧困や非正規雇用の問題が生じるなど、社会から「幸せ」がどんどん失われていくのには反対だ。分刻みの時間に追われる生活の中で、人々はいったい何を見て生きているのだろうか。

「見る」という字は人を横から見た形(儿=じん)の上に大きな目をかき、人の目を強調している。大昔、森の茂みや川の流れを見ることは、その自然の持つ強い働きを身に移し取る働きであったという。

「見る」という行為は相手との内面的な交渉を持つことを意味するのだ。心の交流を目指して「みる」こと。失われた「時間」を取り戻すためにも、まずは美術をみてみませんか。心の通ったまなざしが交差する、人が優しい世界が実現するかもしれない。

(筆者は毎号交代します)

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