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コラム

2016/08/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

モハメド・アリの改名と自己決定権

教養学部国際学科 荒木圭子 准教授 

6月3日、モハメド・アリが亡くなった。ヘビー級ボクサーとして、1960年ローマオリンピックで金メダルを獲得した後、プロとしても3度にわたり世界チャンピオンに輝いた世界的ヒーローである。 

アリは、かつて「カシアス・クレイ」という名前で活躍していた。しかし、ネイション・オブ・イスラーム(以下、NOI)という黒人組織に入団し、しばらくすると、「カシアス・X・クレイ」と名乗るようになる。ほどなくしてNOI指導者から「モハメド・アリ」という名前を授けられた。 

60年代当時、アメリカでは南部を中心に、「人種統合」を目指す公民権運動が展開されていたが、これに対する白人からの反動も激化していた。 

NOIは白人との統合を拒否することで、なかなか進展しない公民権運動に幻滅していた黒人たちを惹きつけた。アリもその一人である。 

NOIの主張の中に「改名」がある。かつて奴隷制度の下、黒人奴隷たちはもともと持っていたアフリカ名を、伝統や文化とともに奪い取られた。その後、解放されると、彼らは新たに名字を得たが、その多くはかつての「主人」の名字であった。 NOIは、「奴隷主の名字」を放棄し、すでに失われてしまった本来のアフリカ名を指すものとして「X」を名乗るよう訴えた。これは自分が何者であるかというアイデンティティーの回復と、それに関する自己決定権の保持を意味する。 

マスコミは当初、執拗に「カシアス・クレイ」と報道していたが、それに抵抗して「モハメド・アリ」を名乗り続けることは、自分のアイデンティティーを他人が決定することを拒否するものであった。 

アフリカ諸国の中でも、独立にあたって国名や地名を変更したケースは多い。アリがジョージ・フォアマンとタイトルマッチを行ったザイール(当時)の首都キンシャサも、レオポルドビルという、かつての植民地支配者の名前がつけられた地名を変更したものである。 

名前は、アイデンティティーそのものであり、自己決定権を象徴するものである。現在では世界中に浸透している「モハメド・アリ」という名前には、このようなメッセージが含まれている。(筆者は毎号交代します)

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