特集:研究室おじゃまします!
2021年10月1日号
メタゲノム解析で進む診断・治療
【総合医学研究所】
腸内細菌から新型コロナまで

生物の遺伝情報を読み解くゲノム解析に、高次元を意味する「メタ」を加えた「メタゲノム解析」は、環境中の微生物などのゲノムを短時間で一挙に同定する手法。総合医学研究所ではこの技術を用いて、疾患の原因解明や画期的な診断・治療法の開発を進めている。最前線で研究に取り組む今西規教授と中川草講師、今井仁助教に、最新の成果や今後の展望を聞いた。

「一般的なゲノム解析は特定の生物が持つ特定の遺伝子を対象とするのに対し、メタゲノム解析は複数の不特定遺伝子を網羅的に解析できるのが特徴。この技術の背景には、ゲノム配列を解読するシーケンス技術やコンピューターの高性能化、多様な生物のゲノムデータの蓄積といった情報技術の発展があります」と、バイオインフォマティクス(生命情報学)が専門の今西教授は話す。

「ヒトの全ゲノム解読が終了した2003年以降、新たな研究対象となったのが腸内細菌叢そう。ヒトの腸内には約1000種類、100兆個の細菌が生息しているといわれ、その膨大な細菌の分析を可能にしたのがメタゲノム解析です」

病原菌・薬剤耐性菌を 迅速・正確に同定

疾患の発症には、遺伝要因と環境要因がかかわっている。今西教授は遺伝要因であるゲノム配列と多様な疾患との関係を分析し、個人の疾患リスクを予測する技術の開発などに取り組んできた。

一方、環境要因である腸内細菌叢と疾患との関係にも注目し、15年から医学部付属病院の医師らと連携して感染症の原因となる微生物を迅速に同定するシステムの開発を開始。17年には次世代シーケンサーと2台の高性能パソコンを用いて、高精度かつ短時間で細菌や真菌、ウイルスを特定できるゲノム診断技術を開発した。

さらに、世界的に深刻な問題となっている薬剤耐性菌の診断技術の開発も目指す。「患者さんがどのような微生物に感染し、その微生物がどの薬に耐性を持っているかを短時間に検出できるシステムは必須。早急に完成させたい」と語る。

新型コロナを解析 がん免疫療法も

今西教授とともにゲノム診断技術の開発に携わった中川講師は、ウイルスの性状解析や宿主との相互作用の解明にも取り組む。

17年からは、新学術研究領域「ネオウイルス学」に公募研究班として参加し、多様な環境や生物に存在するウイルスをメタゲノム解析により同定するためのシステムを構築してきた。

「こうした研究が新型コロナウイルスの性状解析にも役立ちました。すでに350万以上のゲノム配列が解読され、その配列が世界で共有されることにより、変異ウイルスの早期発見にもつながっています」

中川講師もORF3bとORF6の2つの遺伝子が、03年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスよりも強力に自然免疫の誘導を抑えることなどを発見。その後も、変異と重症化との関係や個体差が生じる原因を研究している。 このほか、急性骨髄性白血病患者の白血球に発現するウイルス由来のゲノム配列の探索にも挑む。「細胞免疫のターゲットとなる配列が特定できれば、免疫力を増強してがん細胞の増殖を抑える『がん免疫療法』に活用できる可能性がある」と話す。

口腔・腸内細菌から 腸疾患の原因解明へ

医学部付属病院の消化器内科で診療にあたる今井助教は、クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患(IBD)が専門。腸内細菌叢との関連が指摘されているが、原因不明で根本的な治療法がない難病だ。

今井助教は、アメリカ・ミシガン大学の研究者とのモデルマウスを使った実験で、口腔内の歯周病菌が腸炎を悪化させることを確認。また、クローン病患者から得た検体をメタゲノム解析し、歯周病菌が腸内から検出されることを明らかにした。さらに、病原性を持ちながら免疫機能をすり抜けて腸管に定着する病原性共生菌にも注目。「腸内に到達する歯周病菌や病原性共生菌が病態に与える影響がわかれば、新たな治療の対象になり得る」と説明する。

「最近は、健常者の糞便から抽出した細菌を使った治療も行われていますが、自分が目指すのは腸内細菌叢を乱さず、特定の菌をターゲットにする単細菌治療。実現に向けて努力します」

所長に聞く 人々の健康やQOL向上に貢献

総合医学研究所は、基礎医学研究の成果を新技術の開発や臨床に生かし、総合的な医学の発展に寄与することを目的として1980年に創設されました。「ゲノム・再生医療・創薬」を研究の中核テーマとし、疾患遺伝子の同定や病態解明から治療法開発まで、国内外から注目される業績を発表しています。

現在は、医学部医学科の教員を兼務する所員19人が、学内外の研究者と連携しながら研究の推進や若手研究者の育成を図っています。

学園の医科学研究の中核拠点として常に最先端の手法を取り入れており、「メタゲノム解析」もその一つです。ゲノム情報と環境情報の融合は、個人の体質に応じたオーダーメード医療や予防医療の実現につながると期待され、本研究所では多くの画期的な成果を挙げています。

人々の健康やQOL向上に貢献するため、今後も一丸となって研究に取り組んでいきます。

 
(写真上から)
▼一般的なゲノム解析は、特定の微生物のみを取り出し(単離)、培養してからDNAを抽出するが、メタゲノム解析は「単離」「培養」の工程を経ずに、複数の微生物のDNAを一気に抽出して解析できる
▼今西規教授【ゲノム解析研究部門】医学部医学科
▼中川草講師【ゲノム解析研究部門】医学部医学科基礎医学系分子生命科学
▼今井仁助教【創薬・病体解析研究部門】医学部医学科総合診療学系健康管理学
▼総合医学研究所 安藤潔所長(医学部医学科内科学系血液・腫瘍内科学教授)