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特集

2017/03/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

心不全予防への効果を確認

捨てられる魚の内臓を活用
生物学部海洋生物科学科 木原 稔 教授

普通は捨ててしまう魚の内臓を調べてみると、心臓病の予防に効果がある物質が―北海道の味覚としておなじみのサケは、寿司でも塩焼きでも、フレークにした瓶詰でもおいしい。しかし、その内臓となると加工の段階で廃棄され、私たちの口に入る機会はそうそうないものだ。ただ、その胃袋を調べてみると、心不全予防に効果がある物質が確認されたという。この研究に取り組む生物学部海洋生物科学科の木原稔教授を訪ねた。


もともと栄養生理学や消化管生理学が専門で、魚類、特にクロソイやクロマグロの胃に関する研究に取り組んできた木原教授。この研究に取り組むきっかけは、「シロサケは北海道でたくさん獲れているのに、その胃は捨てられている。うまい使い道はないか」と考えたからだった。

そこで、シロサケの胃に含まれる「グレリン」という物質に着目。その効果の実証実験に取り組んできた。脊椎動物の胃ではグレリンというホルモンが生成されており、摂食促進や体重増加、成長ホルモンの分泌などエネルギー代謝調節に重要な作用を担う。さらに、グレリンは慢性心不全患者の左心室機能改善や培養心筋細胞死の抑制といった効果もあり、この機能を生かした循環器病治療の研究も活発に進められているという。「シロサケの胃にもグレリンが含まれることはわかっていましたから、食べ物として具体的な成果につなげられるのではないかと考えました」

木原教授は、国立循環器病研究センター研究所の海谷啓之博士、宮城大学食産業学部の西川正純教授と共同で研究グループを構成。道内・日高地方にある水産加工場の協力も得て、研究室に所属する学生たちと数十トン分のシロサケから胃を摘出し、その胃を酢酸に浸けてグレリンを抽出する作業に取り組んだ=右写真。

「人の口に入ることを考え酢酸での抽出を選択しました。研究では、その酢酸の濃度や浸ける回数を何パターンも試し、効率よくグレリンを取り出す方法も探りました」と振り返る。

経口摂取で効果あり 食品素材への可能性
このグレリンをマウスに投与するにあたっては、グレリン含有シロサケ胃抽出物を10%添加した餌を与えるグループと、対照飼料としてグレリン無添加の餌を食べるグループに分けて4週間給餌。その後、ドキソルビシン(DOX)という薬で心不全を誘発した。

「その結果、誘発から4週間後のマウス死亡率は、胃抽出物を摂取していないグループでは40%にもなりましたが、摂取しているグループでは死亡は観察されませんでした。ここまではっきり差が出るとは驚きました」と木原教授。

このほか、血液中の心臓障害マーカー値や腹水量、心臓組織像、心電図などのデータでも、シロサケの胃抽出物を摂取したマウスでは心臓障害が抑えられたことが確認されたという。「グレリンはこれまで注射による合成物の投与によって、その生理作用や臨床応用が検討されてきましたが、魚類由来の天然グレリンをマウスに経口で摂取させて心不全を予防できた例は、世界初のケースであると認識しています」

この研究成果は、生活習慣に起因して増加している心疾患患者やその予備軍に対する予防・病態改善に有効な食品素材となる可能性を示唆するものだという。木原教授は、「グレリンには骨粗しょう症の改善や筋持久力を高める作用も示唆されている。こういった食品機能性研究へも展開し、魚の内臓のように日々大量に廃棄されている生物資源の活用にもつなげたい」と語っている。



focus
社会との“つながり”を
経験から伝える



「実験が終わったのでお先に失礼します」「お疲れさまでした!」

本欄の取材中も、木原教授の研究室のドアをノックし、学生たちが帰りのあいさつをしていく。「学生たちには帰宅する際には、特に言うことがなくても“必ず報告”をルールにしているんです。職場から黙って帰る社会人はいませんよね。大学生の間からそういったことに慣れてもらいたい」

そう語る木原教授は、大学院修了後、大手水産会社の研究所で研究職に従事してきた。「企業での研究は会社の利益が優先になりますが、一方で自分の興味がある分野にも取り組めました」

ただ、企業には当然異動もある。博士号の取得を目指して論文の執筆に取り組み始めた矢先、研究所から商品開発や品質管理を担う部署に異動の辞令を受けた。「最初は戸惑ったけれど、開発や管理の仕事の楽しさにも気づいてきた。さらに学位も取ろうと、仕事の時間以外は論文執筆の日々。両立には苦労しました」と振り返る。

大学着任後は、そういった経験を学生たちに伝えたいと考えている。「働くとはどういうことか、効率的な仕事とは、世間のニーズはどこにあるのか……、学生たちに伝えるのはもちろん、私自身も日々勉強です」
 
きはら・みのる
1964年福岡県生まれ。岡垣町(付属福岡高校のある宗像市の隣町)出身。明治大学大学院農学研究科農芸化学専攻修了。博士(農学)。大洋漁業株式会社(現・マルハニチロ株式会社)勤務を経て、2005年北海道東海大学工学部に着任。
key word シロサケ
サケ(鮭)は、サケ科サケ亜科サケ属の魚。生鮮魚介類として流通する場合にシロサケ、アキサケやサーモンなどと呼ばれる。北太平洋や日本海、ベーリング海、オホーツク海などに分布し、多くは海で3回の冬を過ごし、4歳で産卵・放精のために河川に戻る。日本近海のサケは、安定した漁業資源確保のために人工的に採卵・放流される孵化場産のシロサケが占め、北日本の沿岸漁業における重要漁業資源となっている。

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