特集
2023/04/01風や日の光を活用し、湘南キャンパスの省エネ化を図る――建築都市学部建築学科の山川智教授と学生たちが、東海大学が掲げる「ゼロカーボン・キャンパス化」につながる研究に取り組んでいる。ゼロカーボンとは、企業や家庭から排出される二酸化炭素などの温室効果ガス(カーボン)をできるだけ減らし、植林などで吸収量を増やして実質0を目指すもの。今年2月、山川教授と卒業間近の4年生(工学部建築学科)に話を聞いた。 (学年は当時)
山川教授は長年、建物のエネルギー収支0を目指す「ZEB」(ZeroEnergy Building)化に向けた研究を進めてきた。「たとえば病院建築では、CTやMRIといった医療機器が発する熱を集め、暖房や給湯に利用するなど、目に見えない熱の動きをデザインして、省エネを目指しています」
古い建物が多い大学施設の省エネ化は難しいとされてきたというが、「湘南キャンパスの1号館は風通しや水はけのよさを考慮してこの場所に計画され、建設当初は冷房もありませんでした。南側に向かって両翼を広げたようなデザインは、南からの風を建物に取り入れるのに理想的な形状をしているのでは」と研究対象に設定。約1年かけて学生と研究してきた。
1号館のZEB化に向け風や日の光を活用
4年生の柳沢康晟さんと秋山奈津美さんは、風を利用して冷房使用を減らそうと、キャンパス内の風の流れを計測。気流シミュレーションで分析した。秋山さんは、「南門から1号館に向かって風が吹くことが多く、西側のA翼と東側のB翼では南面の窓から北面の窓へ、北側のC翼では東西面の窓から北面の扉に風が抜ける流れを確認できました」と話す。
次に、日射熱や人体発熱などを模擬し、南向き2メートルの風が吹いた場合の室温をシミュレーション。柳沢さんは、「外気温24℃以下の場合は窓を開けると冷房なしで全館28℃以下に保てます。25℃ ならC 翼のみ、26℃ならA翼にも冷房を使用します。自然の風の利用により、約14%の冷房使用の削減が見込めます」と語った。
下村あやめさん、鈴木豪起さん、秦海瑶さんは、1号館のエネルギー消費状況を分析。その結果、空調用冷温水を供給する熱源機(吸収式冷温水発生機)と照明が約半分を占めていると分かった。鈴木さんは、「熱源機『R―1』と『R―11』を均等に運転することで空調用冷温水が供給されていましたが、比較的新しく効率のいいR―11を優先稼働させれば約5%削減できると分かり、学内施設担当に提案しました。昨年10月から実際にそのような運用に変更されています」と語る。吸収式の熱源機が耐用年数を迎えた際に、ターボ冷凍機と空気熱源ヒートポンプに変えれば約44%のエネルギー消費量削減も可能になるという。
また、照明は蛍光灯をLED化し、机上の明るさを測るセンサーを設置して列ごとに照明の出力を変え、窓からの太陽光と合わせて机上面照度500lxを保つ昼光利用制御を検証した。下村さんは、「南側の教室では、窓から1列目の照明は午前9時から午後5時までの83%は消灯でき、調光も組み合わせて1号館の全教室で約70%の電力量削減を見込めます」と話す。設備機器の更新に合わせた計画的な省エネと、屋上や南側壁面への太陽光発電設置などの創エネにより、2050年までに「ZEB化が可能」と試算した。
山川教授は、「風や光、熱などの動きを理解し、上手に活用して快適な環境をつくりつつ、エネルギー消費量や温室効果ガスを減らす、『目に見えないものをデザインする』のが私の研究室の目指すところです」と話す。「今後は他の建物も検証し、ゼロカーボン・キャンパス実現に向けたロードマップを作成したい」
やまかわ・さとし
1969年東京都生まれ。早稲田大学大学院理工
学研究科修士課程修了。東京電力㈱に入社後、
芝浦工業大学大学院理工学研究科博士課程修
了。2021年度に工学部建築学科に着任。写真
は、山川教授(右)と岩田さん
知識や技術を教えるだけでなく、考え、挑戦し、失敗もしながら学ぶ環境を整える。山川教授はそうして学生の指導に当たってきた。「基本的に私は何も教えていません。学生たちが自ら考え、悩んで、取り組んでいるんです」と笑うが、学生たちは、「困ったときはとことんまで一緒に考え、アドバイスをくれる」と感謝する。
研究室の活動は “実地”をメインに据える。北海道・帯広厚生病院で取り組んできた「大規模病院のZEB化に向けた『熱の動きをデザインする』熱源省エネ技術の実証」は、「2022年度(令和4年度)省エネ大賞」をはじめ、多くの賞を受賞した。「学生の協力もあり、形にできました」
共に表彰式に出席した研究室1期生の岩田明紘さん(建築学科2021年度卒・芝浦工業大学大学院1年)は、「大学時代の学びを発展させ、室内環境の向上について学んでいます。東海大で得た知識を生かして研究に励みたい」と話す。
自分で考え成長する環境だからこそ、学生たちは目標と自信を持って次の舞台に羽ばたいていく。
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