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特集

2025/06/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

【総合研究機構2025年度「プロジェクト研究」採択】造血幹細胞移植の知見生かす

特別編 「新たな老化測定法によるヒト老化メカニズムの解明」

 

医療界では近年、「老化は病気の一種で、治療の対象になる」との認識が広がっている。ベースにあるのは、細胞などの状態から老化状態を測定する「生物学的年齢」という概念だ。この年齢は「治療」によって巻き戻すことができるのか? 今年度の総合研究機構「プロジェクト研究」に採択された老化に関する研究=5面に関連記事=の代表者を務める医学部医学科の鬼塚真仁教授(内科学系血液・腫瘍内科学領域)に聞いた。

新生児の「へその緒」の臍帯血に含まれる造血幹細胞(赤血球や白血球、血小板などを造る細胞)を、白血病などで血液を正常に造れない患者の骨髄に移植する。移植した造血幹細胞の暦年齢(移植後の経過年数)とDNAメチル化測定法で計測したエピジェネティック年齢を比較し、骨髄環境によって加齢速度が異なることを明らかにした。

生まれてからの年齢を示す「暦年齢」に対し、体の細胞や組織などの状態から測定され、体の機能や老化の進行具合を反映するのが「生物学的年齢」。複数ある測定法の中で鬼塚教授が注目するのが、遺伝子の発現に関与する「DNAメチル化」と呼ばれる情報に基づく方法で、測定された年齢を「エピジェネティック年齢」という。

 

「本学の抗加齢研究を融合させ、斬

新な成果を出したい」と鬼塚教授

「暦年齢は同じでも、生物学的年齢は人によって異なります。実際の年齢よりも若く見えたり老けて見えたりする人がいますが、DNAメチル化測定法は、“見た目”という主観ではなく、数値で客観的に把握できるのが特徴です」と鬼塚教授は説明する。

 

医学部付属病院で血液がんの一種である慢性骨髄性白血病の造血幹細胞移植に取り組む鬼塚教授は、レシピエント(細胞の移植を受けた人)の体内で、ドナー(細胞を提供した人)の造血幹細胞に起こる変化を生物学的年齢に着目して分析。同じ幹細胞にもかかわらず、ドナー側とレシピエント側の幹細胞の老化速度に差があることを明らかにした。

 

「たとえば、生まれたばかりの健康な赤ちゃんの臍帯血から採取した造血幹細胞(ドナー細胞)を成人に移植して3年経過したとき、レシピエント内のドナー細胞の生物学的年齢は3歳になると予測されます。しかし、測定結果は6歳くらいで、約2倍の速度で老化が進んでいました」

 

治療薬開発目指し 東北大などと連携協力

そこでひらめいたのが、ドナー細胞の老化研究への応用だ。「他人の細胞が自分の体の中で育つ現象は、自然界では起こりません。つまり、造血幹細胞移植モデルは、同じ幹細胞が異なる個体環境でどのように老化するかを比較解明できる唯一のモデルになると考えられます」と話す。

 

「生物学的年齢の測定は高額になるといった課題があります。まずはこのモデルを使って測定方法を開発し、多くのデータを収集する。そのうえで、細胞老化現象のメカニズムを解明する計画です」

 

一方、東北大学大学院医学系研究科の宮田敏男教授らと、老化の治療薬「PAI-1阻害剤」の研究も進めている。「PAI-1は、がん細胞や老化細胞などに発現して免疫機能を低下させ 「生物学的年齢の測定は高額になるといった課題があります。まずはこのモデルを使って測定方法を開発し、多くのデーる物質。PAI-1 阻害剤は、がんや動脈硬化、アルツハイマー病といった加齢に伴う疾患への治療効果が明らかになっています。服用による抗加齢効果を造血幹細胞移植モデルで評価し、治療薬として確立できれば」と話す。

 

この共同研究は、アメリカの「XPRIZE財団」が健康寿命の延伸を目指して企画する世界的なコンペティション「XPRIZE Healthspan」で、600を超える応募の中からトップ40に選出されており、期待は高まる。

 

独創的な研究で 健康寿命延伸に寄与

さらに、体内で生成される老化物質「AGEs」(終末糖化産物)について研究する農学部の永井竜児教授との共同研究も開始した。

 

「総合医学研究所の研修会で永井先生の講演を聴いた八幡崇先生(医学科教授、総医研)に紹介されました。移植されたドナー細胞のAGEsを測定し、生物学的年齢との関係を分析したい」と語る。

 

「造血幹細胞移植モデルとAGEs、PAI-1の3つを組み合わせると、全く新しい知見が得られると考えています。健康寿命の延伸やQOLの向上に寄与する“東海大学ならでは”の独創的な研究に発展させたい」

 

 

【もう一つの話題】様々な疾患の治療に期待

 

「PAI-1阻害剤」東海大学から世界へ

 

(右から)平山客員教授、安藤客員教授、八幡

教授。PAI-1の研究を牽引した

さまざまな疾患の治療薬として期待される「PAI-1阻害剤」。その開発にいち早く取り組んだのは、総合医学研究所を中心とした東海大学の研究者たちだ。

 

2000年代初頭、当時、総医研の所員だった宮田敏男教授(現・東北大学)が腎臓病の治療薬を研究する中でPAI-1に注目。血栓の溶解を阻害するその働きをブロックする薬の開発を試みた。

 

協力したのは、黎明期のコンピューター創薬に取り組んでいた医学部の平山令明教授(現・客員教授)。コンピューターでタンパク質の立体構造を解析し、PAI-1阻害剤の原型(ヒット化合物)を発見した。

 

さらに、血液・腫瘍内科学が専門の安藤潔教授(現・客員教授)と免疫学が専門の八幡准教授(現・教授)らは、白血病幹細胞にPAI-1が高発現し、それが白血病悪性化の原因であることを解明。PAI-1のユニークな機能を次々と見いだした。

 

これらの成果を基に、医学部付属病院で安藤教授らとPAI-1阻害剤を用いた白血病の治験に挑んだのが、当時准教授だった鬼塚教授だ。現在も、最終段階となる第Ⅲ相臨床試験に取り組む。

 

「自分が関わった基礎研究が治験につながるのは望外の喜び」と八幡教授。鬼塚教授は、「研究のバトンを受けた責任を果たしたい」と話す。

 

最初の「一滴」がなければ川は生まれない。伊勢原キャンパスで見いだされた「一滴」は、二十数年の時をかけて幾筋もの流れと融合し、大海に注いでいく。 

 

 

 

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