特集
2019/10/01【研究最前線】学術的に「迷信」と断定
「深海魚が海面付近に出現すると、大地震が起こる」―地震大国・日本で語り継がれてきた説を、東海大学海洋研究所の織原義明准教授を中心とする研究グループが学術的に「迷信」と結論づけた。その成果をまとめた論文は今年6月にアメリカ地震学会の学会誌に掲載され、SNSを中心に大きな話題となった。
研究を始めるきっかけとなったのは、2011年3月11日に発生した東日本大震災だった。その7日前、茨城県・下津海岸に54頭のクジラが座礁し、「あれは前兆だったのではないか」とメディアやインターネット上で話題となったことから、「海洋生物と地震発生の因果関係を証明できれば地震予知の研究発展につながる」と、織原准教授や同研究所の長尾年恭所長らが調査を始めた。
しかし、鯨類やサメ類の生態を研究している海洋学部海洋生物学科の大泉宏教授の協力のもと調査を進めると、「座礁したクジラは群れで泳ぐ種類で、リーダーが方向を誤り、群れごと打ち上がるケースがあることがわかりました」と長尾所長は振り返る。
クジラに関しては地震の前兆以外の可能性が判明したものの、同じように動物の異常行動が地震予知に関係しているとされる説は多い。その一つが深海魚の出現だ。
「江戸時代の『安政の大地震』(1855年)の日には、大量のナマズが夜行性なのに昼から騒いでいたという異常行動の記録がある。トリの帰巣本能やイヌの嗅覚など、動物には人工的に再現できない能力があることから、この言い伝えを立証できないかと考えました」(長尾所長)。
「深海魚は人の目に触れる場所に出現することが異常行動なので、調査の基準も明確」と織原准教授。この研究では、出現が地震の前兆といわれている「リュウグウノツカイ」「サケガシラ」など8種類の深海魚を対象に調査を行った。
資料が残っている1928年から東日本大震災が起きた2011年まで、日本全国で出現した事例を文献や新聞の記事で調べ上げた。織原准教授は、「深海魚の出現はデータベースが存在しないので、一から作る必要がありました。水族館のブログを見て、飼育員の方に問い合わせたものもあります」と振り返る。
今回は、出現場所の半径100キロ圏内が震源となったマグニチュード6・0以上の地震が30日以内に起きているかを分析。336件の出現情報が確認されたが、条件に該当する地震は07年の新潟県中越沖地震1件のみだった。この結果を踏まえ、「深海魚の出現は大地震の前兆」は迷信であると結論づけ、今年6月18日に発行されたアメリカ地震学会の学会誌『Bulletin of the Seismological Society of America』に論文が掲載された。
根拠のない予知には注意 情報リテラシーが重要
今回の調査条件では深海魚と地震の関係性が認められなかったが、「動物の異常行動が地震の前兆と信じている人は多い」と織原准教授は語る。
「過去に理系の大学生を対象に、大地震の前触れとされているさまざまな説をどれほど信用しているかアンケートをしたところ、電子機器の故障よりも、動物の異常行動を信じる学生が圧倒的に多かった。これも今回の研究に取り組んだきっかけの一つです。深海魚以外はまだ検証されていないので、関係性を追求していきたい」と語った。
一方で、「科学的根拠のない情報が広く信じられているのは危険でもある」と危惧する。長尾所長は、「地殻変動や地球を包む電離層などの観測技術が進化し、地震予知研究は年々精度が上がっています。ただ、地震は予知できても防ぐことはできません。世の中にあふれる情報を取捨選択するリテラシーを身につけ、日ごろから防災対策を心がけることが第一」と語っている。
【Pick up】ふじのくに防災学講座で講演
南海トラフ沿いの地震について解説
9月14日に東海大学短期大学部で開かれた「第120回ふじのくに防災学講座」(主催=静岡県地震防災センター、共催=東海大学海洋学部、海洋研究所)で、長尾所長が講演した。
静岡県では、東海大を含む県内の6大学と県教育委員会、静岡地方気象台および報道機関各社などによる「しずおか防災コンソーシアム」が形成されており、防災に関する啓蒙活動の一環として有識者の講演会を実施している。今回は長尾所長が、南海トラフ沿いで起こるとされている大規模地震の予測可能性について語った。
長尾所長は、マグニチュード8.0以上の地震発生時に起きる電離層の異常など、巨大地震の前兆現象について最新の研究成果を紹介。南海トラフ沿いで巨大地震が発生したときに起こり得る津波や火災の被害予想と、それに対する静岡県の対策についても解説した。
熱心にメモをとる参加者が多く、講演後は予知研究について活発な議論が交わされた。
(図上) 深海魚が出現した地点から半径100キロに圏内(ピンク円)で起きたマグニチュード6.0以上の地震(青印)を調査。対象期間(1928年から2011年)に発生したのは、07年の新潟県中越沖地震のみだった
(図下) 左グラフが月別の深海魚の出現数(計336件)で、右グラフがマグニチュード6.0以上の地震の発生数(計221件)。深海魚は冬から春に多く出現することがわかるが、地震は季節ごとの差があまりなく、「深海魚≠地震ということがこの比較からもいえる」と織原准教授
(写真) 長尾所長(左)と織原准教授
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