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特集

2022/06/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

細胞のミクロ環境に着目し

がん・認知症の新たな予防法確立へ

医学部医学科基盤診療学系衛生学公衆衛生学 遠藤 整 准教授

衛生学や公衆衛生学は集団のデータから病気の危険因子を発見し、予防や健康に役立てる学問だ。大気やストレスといったマクロな環境との関連分析が主流だが、医学部医学科の遠藤整准教授は細胞を取り巻くミクロの環境に注目。がんや認知症の発症・進行機序の分子レベルでの解明に取り組んでいる。ミクロの環境に注目するのはなぜか、その成果をどのように予防に生かすのか―遠藤准教授の研究室を訪ねた。

 

大気汚染などのマクロな環境と疾患との関係か

ら導くのが従来からの病気にならないための予

防。分子予防は分子レベルのミクロな環境に着

目し、がん、認知症などの病気の発症・進行メ

カニズムや母体の子どもへの影響などを解明し

て病気の進行を予防する。

高齢化の進展を背景に予防医療の重要性が叫ばれるようになり、食事や運動、睡眠といった予防に関する情報が広く周知されるようになった。にもかかわらず、がんの罹患数は1985年以降増加し続けており(国立がん研究センター統計)、厚生労働省は、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になるとの予測を発表している。

 

遠藤准教授はこうした状況について、「超高齢社会に突入した今、これまで提唱されてきた“病気にならないための予防”は限界に近づいている」と分析する。「心身ともに力が低下した高齢者が適度な運動やバランスのよい食事を恒常的に実践するのは難しい。予防にも新たなアプローチが求められています」

 

そこで取り組んでいるのが、疾患の発症・進行メカニズムを分子レベルで解明して予防につなげる「分子予防」に関する研究だ。「特に注力しているのが”進行の予防”です。万一、病気になっても進行を抑制できれば、通常の生活を送り、QOL(生活の質)を維持・向上できる可能性が高まります」と力説する。

 

転移予防につながる遺伝子を発見

研究成果の一つは、環境ストレスに着目した、がんの悪性化機序の解明だ。「がん細胞は一つの場所で増え続けると過密状態になり、栄養であるグルコース(ブドウ糖)や酸素がいきわたらなくなります。そこで、お腹いっぱい食べられる環境を求めて旅に出る。血管内を放浪中はグルタミン(アミノ酸)で飢えをしのぎますが、住みやすい場所を見つけたらそこに定着し、再びグルコースを食べて仲間を増やします。このように、がん細胞は、過酷な環境ストレスを逃れて増殖・転移(悪性化)を繰り返すことがわかってきました」

 

遠藤准教授らは、がん細胞に栄養不足を知らせる「AMPK」、ストレスから細胞を保護する「NRF2」、引っ越しの指令を出す「MMM-9」の3つの遺伝子を同定。さらに、グルタミン代謝阻害剤とリウマチの治療薬スルファサラジンの併用により、血管内を移動しているがん細胞の生存を阻害して転移を抑制(予防)できることも明らかにした。

 

高学習能ラットを使い認知機能の謎を探る

一方、認知症の研究には東海大学が開発した高学習能モデル動物「Tokai High Avoiderラット(THAラット)」を活用している。学習能力の高い個体を掛け合わせ続けた系統で、30年以上にわたり研究系譜を絶やさずにいる世界でもユニークな実験動物だ。

 

遠藤准教授らは、THAラットが高い学習能力を持つ理由を解明するため、その体組成を詳細に分析。必須アミノ酸であるバリンとロイシン、イソロイシンの値が非常に高いことを突き止めた。

 

「この結果は、3つのアミノ酸がラットの学習・記憶能力に重要な役割を担っていることを示唆しています。アミノ酸と高学習能力との関連を解明すれば、ヒトの認知症予防に生かす道筋が見えてくるはず」と手応えを語る。

 

「目標は、環境要因との相互作用から疾患の成立を考え、分子機序に立脚した根拠に基づく分子予防医学を確立させること。“皆の生命を衛る”『衛生学公衆衛生学』領域の研究者として、人々の幸せに貢献したい」

 

“両翼”を得て研究を飛躍

えんどう・ひとし

1980年山形県生まれ。東海大学大学院医学研

究科、旭川医科大学大学院医学系研究科修了。

博士(医学)。2009年東海大学医学部助教。

21年より現職。19年松前重義学術奨励賞受

賞。写真は、遠藤准教授(中央)と大和田講

師(右)、志田さん

遠藤准教授が「大切な二人」といって紹介してくれたのは、ラボの大和田賢講師と奨励研究員の志田侑華里さん。「片腕ですね」と言ったら笑顔で返された。「翼です」

 

「ラボの魅力の一つは定例ミーティングがないこと」と話すのは、がんの研究を共にする大和田講師。「規制や壁がなく、思いついたときにいつでも存分に議論できるのがうれしい。論文のための研究ではなく、学問としての研究ができる環境を整えてもらっています」

 

THAラットに関する研究でタッグを組む志田さんは、北里大学在学中の卒業研究から同ラボでの博士論文作成まで、遠藤准教授から「厳しくも温かい」指導を受けた。「地味な作業の積み重ねによって新たな発見ができるのが研究の面白さ。それを実感できたのは遠藤先生のおかげ」と話す。

 

遠藤准教授はTHAラットの研究ツールとしての可能性を信じ、東海大学に着任した2009年から志田さんがラボに入るまで、「学会参加も帰省もおあずけ」でラットの世話と管理を続けてきた。その努力は、新たな予防医学の基盤研究として実を結びつつある。

 

将来を嘱望されたフェンシング選手だった遠藤准教授。アスリートとして大学進学が決まっていたが、「考え抜いた末に」断り、科学の道に進んだ。その選択の是非はいまだにわからない。けれども確かなのは、サーベルの代わりに力強い両の翼を手にしたことだ。

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