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特集

2019/11/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

新規抗がん剤の開発に挑む

鉄の調節機構に着目
健康学部健康マネジメント学科 宮沢正樹 講師

酸素の運搬をはじめ、エネルギーの生成やDNAの複製など、ヒトの生命維持に欠かせない「鉄」。しかし、過剰に摂取してしまうと老化を促進するほか、発がんや腫瘍の悪性化を促すこともあるという。総合研究機構の研究助成に採択された「鉄の細胞内制御システムを標的とした新規抗がん剤の開発」に取り組む、健康学部健康マネジメント学科の宮沢正樹講師を訪ねた。

体の中でリサイクル 鉄の過剰摂取は禁物

「人間の体には能動的に鉄を外に排出する仕組みがなく、一度取り込んだ鉄をリサイクルして使っています。サプリメントで鉄を摂取する人は多いと思いますが、実際には1日に約1ミリグラム程度、汗などで排出される分を補うだけで十分です」
 
体内に取り込まれた鉄は、「トランスフェリン」と呼ばれるタンパク質と結合して全身に運ばれる。その後、多くの鉄は酸素を運ぶ役割を担う「赤血球」の生産に利用されるのだ。
 
ただ赤血球の寿命は120日程度と短く、使い終わった古い赤血球は食細胞「マクロファージ」によって分解される。そこで取り出された鉄は再び赤血球の生産に利用されるほか、貯蔵庫である肝臓や細胞内に保管される。「体内に鉄が不足すると指令がいき、貯蔵されていた鉄が運び出されます。必要になれば体の中で調節するので、貧血でないなら過剰に摂取する必要はありません」
 
人間は呼吸によって大量の酸素を体の中に取り入れるが、そのうちの約2%がスーパーオキシド(活性酸素の一種)になるといわれている。日常生活ではスーパーオキシドは大きな害は及ぼさないが、過剰に摂取された鉄は体の中で処理しきれず、スーパーオキシドと反応することで、より酸化力の強い「ヒドロキシラジカル」を発生させてしまう。これがDNAを傷つけてしまい、老化の促進や発がんの可能性を高める。

「過剰な鉄は細胞分裂の活性化も促し、がん細胞にとって居心地のいい環境をつくり出してしまいます。実際に多くの患者さんのデータを見ていくと、鉄の摂取量と腫瘍の悪性度は相関するという結果が出ています」

キレート剤との併用で 副作用を軽減した新薬を
ならば、不要な鉄を除去すればがん治療につながるのではないか―。「鉄を除去するキレート剤でがんを治療する研究は何十年にもわたって取り組まれていますが、効果は出ていません」と宮沢講師。「キレート剤で細胞内の鉄を除去しても、不足した分が体内で補われてしまうので、効果は持続しないのです」
 
つまり、がん細胞の鉄の調節機構を完全に止めた状態で鉄キレート剤を投与しないと効果は続かないということだ。そこで宮沢講師は抗がん剤として使用されている「シスプラチン」に着目した。

「シスプラチンはDNAと結合してその複製を止め、がん細胞を死滅させますが、副作用が強いので患者に与えるダメージは大きい」。宮沢講師は研究を重ねるうちに、「シスプラチンはDNAに結合するだけでなく、細胞内の鉄の出し入れを指示するタンパク質『IRP2』と結合することで、細胞内の鉄の調節機構を止めることがわかりました。そのうえで鉄キレート剤を投与すれば鉄欠乏が起き、がん細胞は死滅する」という研究成果を導き出した。今年1月にアメリカの科学誌『Cell』の姉妹誌にも掲載されるなど、今後につながる大きな発見となった。
 
「鉄調節機構を止めるためには、タンパク質IRP2のアミノ酸の512番と516番に物質を結合させる必要があります。シスプラチンは副作用が強いので、これにかわる新規物質を見つけなければなりません。今後は京都大学や国立がん研究センターなどにも協力を仰ぎながら、より研究を深めていきたい」



Focus
研究成果を上げ 世界にアピールを



昨年4月に開設された健康学部で研究と教育を両立する日々を送る。「最初は高校4年生のようだった(笑)学生たちが大人へと成長していく姿を見るのはとても面白い」
 
もともと生物が好きで、東海大学工学部在学中は山口陽子教授(現・アメリカ・City of Hope Cancer Center 名誉教授)のもとで線虫の研究に励んでいた。大学院進学後は医学部の石井直明教授(現・健康学部)の指導を受け、活性酸素や老化のメカニズムを研究。お世話になっていたのが海外志向の強い先生ばかりだったので、自然と海外での研究の道に進みました」。ノースカロライナ州立大学の辻良明教授の研究室で鉄代謝に興味を持ち、徐々に研究内容がシフトしていった。
 
今も研究に多くの時間を割き、健康学部の教員らとの共同研究に励むかたわら、世話好きな性格も相まって学生指導にも余念がない。「学生時代、石井先生がよく、〝いい研究をしている人は、その難しい研究内容を簡単に話せなければいけない〞とおっしゃっていたんです。自分の中でかみ砕いて学生に伝える。私自身も日々勉強です」
 
「健康学部では運動や栄養、福祉など幅広い分野を学ぶことができ、専門家の先生がそろっています。私は生命科学研究の道に進みたい、基礎医学系の勉強をしてみたいという学生をサポートしていければ」と話す。「基礎研究にしっかり取り組み成果を出し、世界に東海大学健康学部をアピールしていきたい」

 

(図)がん細胞を移植したマウスにシスプラチン、鉄キレート剤の順に投与。4回繰り返して摘出したがん細胞を比べると、大きさ、重さともに、どちらか一方を投与したマウスより小さくなっていることがわかるⒸMasaki Miyazawa et al.“Perturbation of Iron Metabolismby Cisplatin through Inhibition of Iron Regulatory Protein2(IRP2)”Cell Chem. Biol., 26:85-97 (2019)

みやざわ・まさき 1980年埼玉県出身。東海大学工学部工業化学科(当時)卒業後、同大学院医学研究科修了。アメリカ・ノースカロライナ州立大学助教を経て現職。博士(医学)。専門は「老化のメカニズム」「鉄の代謝とがん」。

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