特集:研究室おじゃまします!
2020年5月1日号
ゲンゴロウの保全に取り組む
希少種飼育の意義と課題
教養学部人間環境学科自然環境課程 北野 忠 教授

春は田植えの季節―水が張られた田んぼに現れる、水生昆虫の代表格がゲンゴロウだ。稲作の文化がある日本人にとって身近な生物だったが、国内で確認されている約150種のうち:60種が絶滅の危機に瀕している。教養学部人間環境学科自然環境課程の北野忠教授の研究室では、日本各地での保全活動や希少種の飼育下における繁殖に取り組んでいる。

ゲンゴロウをはじめとする水生昆虫の生息数や種の変化を調べている北野教授。主な調査地域は、湘南校舎近隣や故郷の静岡県、東海大学沖縄地域研究センターを拠点とする南西諸島だ。

「大型のゲンゴロウは環境がよくないと生き残れないため、止水域の環境を測る指標種であるといえます。つまり、ゲンゴロウを守ることは、周りの環境やほかの生物を守ることにもつながる」と研究の意義を語る。
 
数年ごとに各地域で調査を重ねる中で、以前は生息していた種が見つからないことも多いという。ゲンゴロウの数が減っている理由の一つが農業離れだ。

「農業用の溜め池や田んぼは放置すると草が生い茂り、最終的には陸地化していくことが多いのですが、人が農業のために維持管理することで同じ環境が保たれます。多くのゲンゴロウ類はこうした環境に依存していますが、地方の過疎化や高齢化で管理が行き届かなくなった地域も多い。生態系に影響を与える要因は、都市開発や農薬だけでなく、日本社会が抱える問題とつながっていることもあるのです」
 
自然淘汰されて絶滅していくのなら、人が介入して守る必要はないという声もあるが、「人間活動の変化によって絶滅の危機に瀕しているのであれば、人間の手によって生育環境を整え個体数を戻したい。また、人間環境学科の教員として、人間の暮らしが生態系や自然環境とどのようにかかわっているのかを研究するという意図もあります」。

飼育環境の拡充へ ネットワークを広げる
環境省では現在、5種類のゲンゴロウを種の保存法による国内希少野生動植物種に指定し、原則として採集や飼育を禁止している。しかし、元の生育環境が消失もしくは悪化してしまった場合、昆虫館や水族館など安全な施設で保護し、育成・繁殖することで絶滅を回避する「生息域外保全」の措置を推奨している。

北野研究室でも自主的な活動に加え、環境省の委託も受け、数種の絶滅危惧種の保全に取り組んでいる。最も力を入れているのが「フチトリゲンゴロウ」だ。学生と産卵基質や餌の好みを調査し、繁殖に成功しているが、災害・事故などにより大学で飼育できなくなった場合を想定し、環境省の許可を得たうえで博物館などに譲渡することもある。しかし、受け入れ先は少ないという。

「展示施設で希少種を公開すると、結果的に悪質な『昆虫マニア』の採集意欲を高めてしまうこともある。そのため、譲渡する際には展示を控えるようお願いしてきましたが、そうなるとなかなか引き受けてくれる施設は見つかりません。また、多くの種が絶滅に向かう中、終わりの見えない負担を強いられることも敬遠される要因です」
 
これらの問題に加え、ただ飼育するだけでは研究業績につながらないことも課題の一つだ。北野教授は卵から成虫までの成長過程や、簡易的な飼育技術の開発などを研究しているが、「どこでもできるわけではなく、特に幼虫期の世話は手間がかかる。自分がこの仕事を続けられなくなった後のことも考えなければ」。
 
今後はこのような希少生物の持続可能な保全体制を構築することが課題だ。「私のゼミからは博物館や水族館・昆虫館に就職した卒業生が何人かいます。彼らにお願いし、危険分散のための希少種の譲渡を少しずつ始めています。また、卒業生に限らずこうしたネットワークを広げ、絶滅の危機に瀕している生物を守っていきたい」



Focus
きっかけは一冊の図鑑





ゲンゴロウを研究対象とする理由は単に減少している種だからというわけではない。「丸くてかわいい見た目や『〇〇ムシ』ではなく『ゲンゴロウ』という名前も愛嬌があって魅力的ですね。名前の由来ははっきりわかっていないのですが、ある文献には黒い鎧よろいを表す『ゲンガワラ』からきていると書かれています。

これが本当なら、人気者のカブトムシやクワガタと同じく武具が由来であり、格式高いといえるのですけどね」と笑顔で語る。

地元の静岡県浜松市で幼少期から水辺の生物に触れ、当時から採集を続ける昆虫たちは標本となり、研究室に並べられている。海洋学部に進学してからも毎日多様な水生生物と向き合い、飼育技術を学んできたことが今の研究に生かされているというが、ゲンゴロウに爛魯泙辰〞きっかけは、学生時代に出版された1冊の図鑑だという。

「自分の力である程度情報収集や調査ができる年齢になったタイミングで、当時までに発見されていた種の写真がすべて掲載されている図鑑が発刊されました。それまで簡単な説明文しか載っていなかったような種の写真もあり、『こんな姿なんだ』と一気に興味がわきました。同世代には、同じきっかけでゲンゴロウの研究を始めた人が何人もいます」

今年発行された『日本の水生昆虫』(文一総合出版)では編纂にも携わった。「自分の経験上、書物が与える影響は大きい。この図鑑が若いころの私と同じように、生物好きな学生にいい影響を与えられれば」

 
(写真上)西表島にある沖縄地域研究センターでは、長い間農業生産に使われていない田んぼを利用して湿地を造成=左写真。造成後の水生昆虫の生息状況を調べているほか、研究室=右写真=の飼育施設で繁殖させた希少種の野生復帰の試験地としても活用している
(写真下)北野研で飼育しているフチトリゲンゴロウ。日本ではもともと南西諸島の限定された地域に生息しており、さらに現在はほぼ絶滅状態にある

きたの・ただし 1972年静岡県生まれ。東海大学大学院海洋学研究科博士課程後期満期退学。博士(水産学)。2005年に東海大学教養学部人間環境学科自然環境課程に着任。監修として『ゲンゴロウ・ガムシ・ミズスマシハンドブック』、共著に『日本の水生昆虫』( 文一総合出版)など。