share

特集

2013/12/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

30年かけて培った技術が結実

未来のがん治療を支える
新たな無機化合物を開発

理学部化学科 冨田恒之 講師

体内の細胞が悪性腫瘍となることが原因で生じるがん。日本人の3人に1人がかかり、死因の中でも最も多いといわれている。さまざまな角度から研究されているが、まだ治療法が確立されていないものも多い。理学部化学科の冨田恒之講師の研究グループでは、新しい治療法として注目を集めている「ホウ素中性子捕捉療法」を研究。このほど、治療の要となる新たな無機化合物の合成に成功し、現在は実用化に向けてさらに機能を高める研究に取り組んでいる。


ホウ素中性子捕捉療法は、通常の細胞がほとんど取り込まないホウ素を、がん細胞は吸収しやすいという性質を利用した治療法で、現在実用化に向けた臨床実験が重ねられている。透析などによってがん細胞にホウ素化合物を集積させたところに、放射性物質の一つである中性子線を照射。すると、ホウ素が集まっているところの細胞だけを破壊するエネルギーを持つアルファ線やリチウム線が発生し、がん細胞を壊す。
 
冨田講師は、「中性子線は通常、人体には影響しません。この手法が実用化できれば、人体への影響を最小限に抑えつつ病根を断つことができるようになると期待されています」と話す。治療の効果を高めるためには、高濃度のホウ素を含んだ微粒子をがん細胞に集める必要があるが、これまでは濃度の高い化合物を作る手法が確立されていなかった。

高濃度のホウ素化合物が患部の細胞を狙い撃つ
その課題を乗り越える新たな物質として生み出されたのが、冨田講師の研究グループが合成に成功した無機化合物「ホウ酸イットリウム」。50から100ナノメートルの微粒子ながら、20%以上と従来より格段に高い割合でホウ素を含むのが特徴だ。「ホウ素の含有量が高ければ、その分だけ少量の投与で高い効果を挙げられる。サイズを同一にする実験やさまざまな機能性を持たせる合成技術の開発も進めています」
 
これまでの研究で、ホウ酸イットリウムに光を当てると発光する金属や、磁気共鳴断層撮影装置(MRI)の造影剤の役割を持つ金属を添加することにも成功。投与した化合物が、がん細胞に集まっている様子を体外から確認できるようにすることで、治療効果を高める研究も進んでいる。

長年にわたる基礎研究が新たな分野の扉を開く
冨田講師は、「これまで難しかった無機化合物の合成が可能になった背景には、東海大で長年研究されてきた均一沈殿法という合成技術がある」と話す。無機化合物を作る場合、あらかじめ混ぜ合わせた原材料を高温で焼く手法が一般的に用いられている。だがこの方法だと、化合物の形や大きさがそろいにくく、材料の混ざり方によって化合物の質にムラが生じやすい欠点があった。
 
均一沈殿法はこの課題を解決する手法として、冨田講師の師匠にあたる松田恵三元教授(理学部)らが30年ほど前から研究。現在では、化学反応をコントロールする触媒と原材料を水溶液に入れて反応させることで、さまざまな機能を持った無機化合物を生み出せるまでになっている。「この手法だと、性質や形、大きさのそろった化合物を作ることもできる。100度から200度という低温下で化学反応が起きるうえに、水という豊富にある物質を使うためコストが安く、環境負荷も少ないのが特徴です」

冨田講師は現在、この手法を応用して太陽電池パネルなどに使う酸化チタン化合物や、わずかな光で輝く蛍光体の研究にも取り組んでいる。「新しい化合物が生み出せれば、新技術の開発にもつながります。まだまだ越えるべき壁は多いけれど、少しずつでも社会に貢献したい」

 


focus
無駄な努力なんてない
目標に向けて一歩を踏み出そう


大学の研究者を志したのは大学3年生のころ。「化学科で無機化学を研究されていた松田恵三先生と藤田一美先生(理学部元教授)の姿を見て、テーマを自分で決めて研究できることにやりがいを感じた」と話す。だが、研究者の道は狭き門。数十年かけても果たされないことも多い。「決して楽ではない目標を目指すことに怖さもあった。でも、仮になれなくても、そのために費やした努力は無駄にならないと思ったんです。実際、困難にぶつかったときに悩みすぎて、考えるのが嫌になったことも(笑)。そんなときには、どうすれば目標に向かっていけるかだけを考えるようにしてきました」
 
夢がかなったのは28歳のときだった。母校に採用され、研究室を持つ立場に。恩師から受けた恩に応えるためにも、学生と一緒に新しいことに挑戦し、自分の持てる知識や技術はすべて伝えていこうと心に決めた。「どんなことでも熱意を持って楽しむようにすれば、結果も積み重なり、よい循環が生まれてくる。私の場合は、熱意を持てるのが研究だったんだと思う」とも話す。
 
「どんな人にも必ず優れているところがあるもの。目標を見つけるには、自分自身とじっくり向き合う時間を持つことも大切です。広い視野でしっかり見極め、目標に向かって一歩を踏み出してほしい。その先に道は開けるはずです」
 
とみた・こうじ
1977年東京都生まれ。東海大学理学部化学科卒業。東京工業大学大学院総合理学研究科材料物理科学専攻修了。東北大学多元物質科学研究所助手を経て、2007年度から現職。12年度から文部科学省研究振興局学術調査官を兼務。専門は無機合成、金属錯体科学など。

研究室おじゃまします!記事一覧

2024/02/01

アスリートの競技能力向上目指し

2024/01/01

適切なゲノム医療推進に向け

2023/04/01

湘南キャンパスの省エネ化へ

2023/02/01

"日本発"の医療機器を世界へ

2022/06/01

細胞のミクロ環境に着目し

2022/04/01

遺構に残された天体の軌道

2022/01/01

海洋学部の総力を挙げた調査

2021/12/01

体臭の正体を科学的に解明

2021/10/01

メタゲノム解析で進む診断・治療

2021/06/01

将棋棋士の脳内を分析

2021/03/01

低侵襲・機能温存でQOL向上へ

2021/02/01

安心安全な生活の維持に貢献

2020/11/01

暮らしに溶け込む「OR」

2020/09/01

ネルフィナビルの効果を確認

2020/07/01

次世代の腸内環境改善食品開発へ

2020/06/01

運動習慣の大切さ伝える

2020/05/01

ゲンゴロウの保全に取り組む

2020/03/01

国内最大級のソーラー無人飛行機を開発

2019/11/01

新規抗がん剤の開発に挑む

2019/10/01

深海魚の出現は地震の前兆?

2019/08/01

隠された実像を解き明かす

2019/06/01

椎間板再生医療を加速させる

2019/05/01

自動車の燃費向上に貢献する

2019/04/01

デザイナーが仕事に込める思いとは

2019/03/01

科学的分析で安全対策を提案

2019/02/01

幸福度世界一に学べることは?

2019/01/01

危機に直面する技術大国

2018/12/01

妊娠着床率向上を図る

2018/10/01

開設3年目を迎え利用活発に

2018/09/01

暗記ではない歴史学の魅力

2018/08/01

精神疾患による長期入院を解消

2018/07/01

望ましい税金の取り方とは?

2018/05/01

マイクロ流体デバイスを開発

2018/04/01

ユニバーサル・ミュージアムとは?

2018/03/01

雲やチリの影響を解き明かす

2018/02/01

海の姿を正確に捉える

2018/01/01

官民連携でスポーツ振興

2017/11/01

衛星観測とSNSを融合

2017/10/01

復興に向けて研究成果を提供

2017/09/01

4年目を迎え大きな成果

2017/08/01

動物園の“役割”を支える

2017/06/01

交流の歴史を掘り起こす

2017/05/01

波の力をシンプルに活用

2017/04/01

切らないがん治療を目指す

2017/03/01

心不全予防への効果を確認

2017/02/01

エジプト考古学と工学がタッグ

2017/01/01

コンクリートの完全リサイクルへ

2016/12/01

難民問題の解決策を探る

2016/11/01

臓器線維症の研究を加速

2016/10/01

情報通信技術で遠隔サポート