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特集

2016/08/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

空間を自在につくる建築工法

木材の“地材地匠”の道を拓く
工学部建築学科 杉本 洋文 教授

寺社から城郭、個人の家まで、日本の建材といえばずっと木だった。ところが今ではコンクリートと鉄骨造の建物が中心となり、国産の材木はほとんど利用されなくなっている。「木の活用こそが日本の地方を救う」との信念から、住宅用木材を主な建材に使った奈良県五條市の総合体育館の設計と施工などに携わる工学部建築学科の杉本洋文教授の研究室を訪ねた。

日本で1年間に使われる材木は約1000万立方メートルといわれているが、この数字は国内で刈り時を迎えている木材の年間総量とほぼ同じだ。

「しかし、使用量の70%は外国産材なのです。日本では、戦後に経済復興の一環で全国に杉を中心とした木が植えられたが、その多くが活用されていないのが現状」と杉本教授は語る。

ヨーロッパでは木材産業がすでに黒字になっており、地域の産業発展や雇用創出に大きな役割を果たしている。では、なぜ国土の7割が森林の日本でそれができないのか。

「耐食性と耐火性が低いというイメージが強いのが第一。加えて、一戸建てから大型公共建築にまで幅広く応用できる建築技術の整備が遅れていたのが原因」と語る。これまでにも木を用いて文化施設などの公共建築を造った例はあるが、作品性が高く他の建物に応用できないものばかりだった。「1回限りの技術は当然コストが高くなる。耐火性を高める技術は開発されているが、木は高価というイメージが活用を阻んでいる面もある」
どこにでもある建材 その可能性を広げる

杉本教授はそんな現状を変えようと、30年ほど前から木造建築の研究を続けている。中でも力を入れているのは、一般的な住宅用建材を使って役所の庁舎や体育館、公民館といった公共建築を造れる汎用技術の開発だ。

「2010年の『公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律』制定など、国産材活用の機運は高まっている。地元産の木材を地元で利用する技術があれば、“地材地匠”の循環もつくれる」と意気込む。

50メートルの開放空間 日本初の技術を実現

研究の集大成として手がけているのが、五條市総合体育館だ。杉本教授は、基本計画を担当し、所属する設計事務所と地元の設計事務所とともに設計監修者として設計から監理までを指導。基礎と壁面部分は鉄筋コンクリートで固め、屋根には幅12センチと15センチ(いずれも高さ30センチ)の奈良県産杉の集成材を組み合わせて使用。壁との接合部と梁の一部に鉄骨を最低限取り入れて補強することで、縦横の幅50メートルの大開放空間を日本で初めて実現させた。

壁面には杉板貼りと、木とコンクリートを混ぜた「木もく毛もうセメント板ばん」を使い、床にも地元の杉を敷き詰める。また、低層棟も耐火被覆した大断面集成材による木造耐火建築とし、全体で2600本分の木材を使っている(住宅約100軒分を伐採)。材木の加工や施工など工事の一切は地元企業が行っており、10月から奈良県南部の文化・スポーツ拠点、災害時の避難所として活用される予定だ。

「この工法を使えば、さまざまな広さの空間を自在につくれるし、特殊な機械もいらない。担い手の高齢化が進む中、国内の木材産業は今が復活の最後のチャンス。この技術をオープンにして広く活用してもらい、地元の材木を地元で消費し活用する循環を生み出していきたい。それこそが本当の地域経済活性化につながるはずです」


focus
人をつなぎ
地元を盛り上げる




本格的に木造建築を研究し始めたきっかけは、自宅を新築したとき、仕事を依頼した大工から「名字が杉本なのに木を使わないのか」と言われたのがきっかけだった。

祖父は伊豆の製材業で、子どものころは作業場に転がっている端材がおもちゃだった。それまでは木造以外の構造の作品づくりに取り組んできたが、以後は木造建築中心に切り替えた。「あの言葉がなければ、今の私はなかったかも」と笑う。

江戸時代までは日本の建材は木材が中心だった。だが、明治維新以後急激に衰退。今では鉄筋コンクリート造と鉄骨造が中心となり、寺社や一戸建ての住宅で使われる材木も価格の安い外国産材に押され、製材や建築技術は途絶えつつある。「よい木造建築を造るためには経験が大切。耐火性の高い木材を作る技術は開発されており、可能性は広がっている。各地に残っている技術を絶やさないためにも国産材を盛り上げる必要がある」

そのためには、林業から加工、建築など木にかかわる川上から川下の業者や行政をつなぐコーディネーターが欠かせないという。「五條市の体育館が造れたのも、地域の力があったから。私はそれを引き出しただけ。木にはまだまだ可能性がある。私自身が、地域の産業をつなぐのはもちろん、次代を担う若者の育成にも力を尽くしたい」
 
すぎもと・ひろふみ
1952年神奈川県生まれ。東海大学工学部建築学科卒業。大学院工学研究科修了。95年に計画・環境建築代表取締役社長に就任。2005年から現職。07年に「塩原温泉湯っ歩の里」でグッドデザイン賞を受賞。

(写真上から)
▼奈良県五條市に建設が進む五條総合体育館の内観。巨大な空間にもかかわらず、室内は木の香りがあふれる
▼体育館の外観。建物には、周囲の山々から切り出された木がふんだんに使われている
▼屋根に用いられている金物は杉本教授と構造家の中田捷夫氏が企業と共同開発したもの。一般認証を受けており市販もされている

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