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特集

2011/02/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

解明待たれる化学物質と脳の関係

天才ラットが教えてくれる

学習能力の高いラット同士の交配を、約30年間にわたって続け天才ラットが誕生した。名前は「TOKAI HIGH AVOIDER」(以下THA。AVOIDER=アボイダーは「危険回避者」の意)。天才は97世代目だ。私たちの身の回りにある化学物質が、脳に与える影響を調べるために育てられた。医学部・分子環境予防医学センターの渡辺哲教授と遠藤整助教に話を聞いた。

環境や食にひそむ化学物質は、私たちの脳に何らかの影響を与えているのではないか―そういった指摘を聞いたことがあるはず。成人なら自分の判断で化学物質との“つきあい”を案配できるが、小児だとそうはいかない。

妊娠中の母体が摂取してしまった化学物質が、例えば生まれた子に学習障害や情動の不安定をもたらしたとしたら。あるいは少年期になって突然キレたりすることも関係していたとしたら。これは一大事である。実際の因果関係の検証はまだ進んでいないが、ラットのレベルでは分かってきたことがある。

分子環境予防医学センターでは、化学物質にさらされた親ラットから生まれた子どもラットの脳の研究を続けてきた。「妊娠中のラットが、食品中の残留農薬や建材中のホルムアルデヒドなどの化学物質にさらされた場合、生まれてきた子どもラットに、学習能力低下など高次脳機能の障害が見られることが分かった」(渡辺教授)。

こうしたことが分かるのが天才ラットのおかげ。普通のラットは個体差が大きく、またそれほど学習能力が高いわけではない。しかし97世代にわたって交配されてきて、「きわめて高い学習能力を持った“天才”だからこそ、学習能力を測定することができる。環境問題や脳科学、食品などの分野の研究者らが、天才ラットTHAの脳を注目するゆえん」(遠藤助教)。30年前、重田定義教授(現・名誉教授)が、子どもの脳の発育期に微量の化学物質が与える影響に着目し、その解明のためにTHAの育成を始めた功績は大きい。

ほとんどのショックを回避
THAが受ける“訓練”はなかなか過酷だ。適度に間隔を空けてレバーを押さなけば、床に電流が流れ、電気ショックを受ける(30分間に約360回)。押し続けているだけではだめで、適度に間隔を空けることを覚えなくてはショックから逃れられない。

しかしTHAの天才ぶりは、目を見張る。「普通のラットは30分間の実験中、80回から300回もの電気ショックを受けてしまう。一方、THAは、被ショック回数は平均5回と極めて少なくしかも個体によってのばらつきが少ない」(遠藤助教)。THAは、水の中を泳いで出口を探す記憶力を調べる水迷路試験などでも、一様に好成績を示すという。

目を見張る�頭脳?を持つTHAだからこそ、化学物質が与える影響を調べることができる。化学物質を摂取させたTHAの能力が実験によってどの程度能力を落とすのか。被ショック回数が増えれば、明らかに学習能力に影響があったと判定できる。しかも、みんな同様に優秀なので調査も効率的だ。普通のラットで正確な結果を得るためには何百匹もの個体が実験に必要になるが、「天才ラット」THAなら数匹から10匹程度で済む。動物愛護の立場からしても望ましい。

THAは生まれてくる子どもラットも例外なく高い学習能力を持っているので、母体内にいるときの化学物質摂取の影響も調べられる。人間で調査しようとすると、かなり長期間の調査となる。実際、環境省・厚生労働省による化学物質と子どもの健康との関係の調査がスタートしたが、結果が出るのは15年後だという。

毎年400もの化学物質が登場
30年かかって育て上げられたTHAの登場で、今後、いろんなことが分かってくるはずだ。現在、毎年400もの化学物質が新しく作られ、食品や建材、さまざまな素材に使われている。もちろんすべてを私たちが摂取するわけではないにしても、本来の自然界にはないものが、身の回りにあふれていることは事実だ。それらのうち何が有害で、何が無害なのか、また次世代にどんな影響が出るのか、まだほとんど分かっていないと言っても過言ではない。
 
現在身の回りにあって安全とされているものでも、将来的には『人体にとって有害で危険』と判定される場合もある。そうした事態を想定すれば、調査研究は早ければ早いほどいいわけで、THA活用の場は広がっていくはず」と渡辺教授は語る。

 
(写真)30年の年月をかけて育て上げられた天才ラットTHA。適度な間隔でレバーを押す姿に驚く

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