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コラム

2012/11/01
何度も読み返した小説やマンガ、学生時代に読み込んだ教科書、人生を変えた一冊など、東海大学の先生方が大切にしている本を紹介します。

『社会学入門――人間と社会の未来』


新しい世界を開く一冊
観光学部観光学科 小澤考人 講師


皆さん、旅は好きですか? どこか旅に向かうときに読みたくなる、そんな雰囲気を持つ本があることでしょう。見田宗介著『社会学入門』は、私にとってそんな一冊です。実際この本は、ペルー国境の青空に開かれた門のイメージとともに、インド・ブラジル・メキシコを巡る異世界の旅のエピソードから始まります。
 
では、旅はなぜ楽しいのでしょう? それは思いがけず異なる人々や世界観に私たちが出会うからではないでしょうか。このように異世界との出会いを通して、私たちが生きる世界を自明でないものとして捉え返していくスリリングな経験こそが、思想や社会学のまなざしと実は本質的に重なるということが、冒頭では印象的に描き出されていきます。社会学のテキストとして本書を読む場合、現代日本とはどのような社会か、「社会」とは何かなど、例えば資本主義論をはじめ一神教の原理やイデア論以降の西洋哲学との関連において、その深層を解説すべき主題群がいくつも開かれてきます。けれどもここでは、本書の巨大な展望を示す後半のアポカリプス論(5章~)だけを紹介しましょう。
 
人間が他者/自然とともに相互に支配・抑圧しないで生きるということが、歴史的にも現実的にもどれほど困難であったことか。2001年の9・11テロが示してしまった問題が、人間が解決し残した二千年の文明史の難題として提起されるとき、そこには人類の痛恨とともに願いと祈りにも似た響きを通じて、愛と共存ということ、愛による多様で開放的な交響ということ、本当に〈自由な社会〉はどのように構想されるのかということ、何よりも人間の幸福ということが「人間と社会の未来」へと向かって解き放たれている、そうした強烈な問いとモチーフが浮かび上がってきます。
 
私が大学生のとき、生きることの魅力と根拠を考えさせてくれる思想や学問は本当に面白いと実感させてくれた先生こそは、本書の著者であり贈り主でした。大学生の皆さん、旅は好きですか? ならばぜひ一度、この本を気軽に手に取ってみてください。すてきな旅とともに本書を冒険したとき、きっと今ある世界がはるかに異なる深さを持つものとして、スリリングで魅力的なものとして見えてくるはずです。

『社会学入門――人間と社会の未来』
見田宗介著
(岩波新書)

 
おざわ・たかと 
1975年東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科(国際社会科学)修了。専門は文化社会学。共著に『幻の東京オリンピックとその時代』(青弓社)など。

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