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コラム

2016/03/01
何度も読み返した小説やマンガ、学生時代に読み込んだ教科書、人生を変えた一冊など、東海大学の先生方が大切にしている本を紹介します。

『Principles of Chemical Sedimentology』


詮索好きの「点と線」
海洋学部 加藤義久 客員教授



「あの人は詮索好きだから気をつけなさいよ」と詮索という言葉が悪意に用いられることがある。私が詮索好きを自覚したのはいつのことだったか。そもそも私は、うつろな記憶の中にヘルマン・ヘッセや三島由紀夫が浮かんでくるが、読後感はきわめて薄い。

海洋学部3年生のとき同級生の友人に誘われ、『The OCEANS』(H.U.Sverdrup ほか第9版 1970年)という英語の専門書を3人で輪読した。しかし知識不足で、読み解くのに難渋した。ある日、その友人の下宿で輪読会を終え、何を思ったのか、私は押し入れの襖ふすまを開けた。その途端、押し入れの上段から大量の本が土砂崩れのように畳の上に落ちてきた。その光景こそが、その後の私の読書する姿勢に大きな影響を与えた。

大学院では、海洋化学を専門とした。研究室の輪読会で読んだ専門書の一冊、『Principles of Chemical Sedimentology (R.A. Berner1971年)』は、その後の私の研究生活の礎となった。この本は、海底に溜まった堆積物中においても、物質は溶解・拡散し、堆積物内部のみならず海底と底層水の間を再循環していることを、熱力学や化学反応、数式を使って論理的に解説したもの。ブレークスルーを導く刺激的な内容で、海底も華やかな物質循環の場であると、教えてくれた。

海洋化学の基本的な作業は、研究目的に沿って、海水や堆積物の試料の採取から始まる。次に、化学分析によって試料に含まれる目的成分の濃度を測定し、その鉛直や水平的な分布を明らかにして、海洋における物質の循環様式を明快に説明することである。

たとえば、北太平洋から南極海までを南北に縦断し、表層から底層までの海水を採取し、ある成分の測定値をグラフ用紙に記す。結果、その成分の大洋縦断分布図が得られる。その図を読み解くと、深層水の水平的流れさえ見えてくる。

これは、天気図で気圧配置を描き、台風の進路を予測することに似ている。まさしく、測定値である証拠として点と点を線で結び、論理的に考察すると、見えない実態が見えてくるのである。

『点と線』、言うまでもなく松本清張の代表作である。思い起こせば、私は大学院で専門書を読み、海洋化学の研究をしながら、一方では清張本を数々読んだ。そして、この分野の研究は刑事が犯人を追い詰めることに似ていると気づいた。おそらくそのころに詮索好きになったのであろう。

『Principles of Chemical Sedimentology』
R.A. Berner著
McGraw-Hill Inc.

 
かとう・よしひさ
1950年愛知県生まれ。東海大学大学院海洋学研究科海洋科学専攻修士課程修了。同博士課程満期退学。82年から東海大学海洋学部海洋科学科に着任。2015年4月から現職。

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