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コラム

2012/04/01
何度も読み返した小説やマンガ、学生時代に読み込んだ教科書、人生を変えた一冊など、東海大学の先生方が大切にしている本を紹介します。

『エルリック・サーガ①メルニボネの皇子』


ファンタジーの渇きを満たす一冊
農学部バイオサイエンス学科 多賀直彦 講師


1980年代の中学から高校のころ、剣と魔法に代表されるヒロイックファンタジーがマイブームでした。今では少し廃れの感じられるコンピューターRPGが世に出始めたころです。黎明期のRPGタイトルは、ウイザードリーやウルティマなどで、IBM PCやMacではないAppleⅡなど、当時としては非常に高価な海外製のハードでしか遊べないものでした。当然のことながら自分がそれで遊べるわけもなく、RPGの魅力についてはゲーム雑誌などの乏しい情報から、正しいか正しくないかわかるはずもない想像の翼を広げるだけにとどまっていました。

今回紹介する一冊は、そんな十代の私のファンタジーの渇きを満たす甘露の雫となった物語です。最近このシリーズの復刻版が出版されましたので入手しやすいと思います。本作品の舞台は、かつては強大な力を持っていたが、現在は没落しつつある貴族階級が存在する架空の世界であり、メルニボネ国の皇子である主人公のエルリックは病弱な体質で、殺した相手の生命力を吸い取る魔剣ストームブリンガーの助けなしには生きていけないという設定です。さらには地獄の公爵であるアリオッチと契約していて、ピンチのたびに助けを求めるのですが、毎回高い代償を求められます。

そんなアンチヒーローが、いとこの陰謀のため玉座を追放されて、やむを得ず冒険を始めるのですが、理想が高く気難しい性格なので、行く先々で騒動になってしまいます。最初に読み始めたときは普通のファンタジーだなと思っていたのですが……。このシリーズにはさまざまな伏線や隠れテーマがあり、そこが抜群に面白かった。例えば、世界は法(ロー)と混沌(カオス)のバランスから成り立っていること、エルリックは転生を繰り返す永遠の戦士(エターナルチャンピオン)であること、永遠の戦士にはほかにエレコーゼ、コルム、ホークムーンなどがおり、それぞれシリーズ化されていること、永遠の戦士には必ず相棒が存在すること、などてんこ盛りです。

ロード・オブ・ザ・リングの原作である指輪物語など今や古典と称されるファンタジー作品の中でも、本シリーズは世界設定と物語自体が白眉だと思います。また、どのような逆境でもエルリックよりはましだな、と感じること請け合いです。

『エルリック・サーガ①メルニボネの皇子』
マイクル・ムアコック著
安田 均訳
ハヤカワ文庫

 
たが・なおひこ 1968年愛知県生まれ。九州大学大学院農学研究科食糧化学専攻修了。博士(農学)。専門は培養工学および応用微生物学。

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