コラム
2020/12/01A.王道を踏まえ、「現代人に訴えかける力」がある
文化社会学部広報メディア学科 水島久光 教授
10月16日に公開された映画『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』がたった10日で興行収入 100億円をこえ、『千と千尋の神隠し』の記録を19年ぶりに、15日間も更新したとのニュースは衝撃でした。昨年から続くテレビアニメ人気や主題歌のヒットなどを考えると、もはや社会現象のレベルに達しているといっていいでしょう。
このブームは、コロナ禍で窮地に追い込まれたエンターテインメント産業の救世主として期待されています。だからか、メディアには作品の需要層の広さや、プロモーションの巧みさを指摘する論説が溢れています。雑誌連載から単行本、そこからテレビアニメ、映画へと上がっていくステップにも(アニメの前に一部映画館での先行上映を行うなど)、綿密な計算の跡がうかがえます。展開の速さやキャラ立ちした登場人物の多さが、ネット批評空間を刺激したことも確かでしょう。しかしそれだけであれば、これまでの流行理論で十分説明がつくことです。
気になるのはSNSに次々書き込まれる「心に響いた」「胸打たれた」との反応の山です。この情動の連鎖がどうして生まれたのか―それはこの作品が、物語論の王道を踏まえつつ、現代人に訴えかける力を備えていたことに起因するのでは、と私は考えています。まず大正時代の中山間地域という設定が効いています。炭焼きを営む家の長男が体験するさまざまな試練の描写は、一見荒唐無稽なダーク・ファンタジーに見えて、実は「近代の入り口」の変化の時代に翻弄される心理をよく表しています。繰り返される闘いのシーンでも、技に「呼吸法」「血」「毒」といった要素が混在し、呪術と科学がせめぎ合っています。それは、この百年の「進歩」が、もしかすると幻想だったのではないかと内心疑っている、「近代の出口」にいる現代人の不安に直接刺さるものではないでしょうか。
映画でも夢やトラウマの回想など、フロイトの精神分析を思わせるシーンがいくつもあります。それはこの物語の主題が「自我」の形成にあることをうかがわせています。それを乗り越える手段が「絆」にあるという解決法はいささか陳腐ですが、『南総里見八犬伝』や『七人の侍』とかぶるモチーフが随所にちりばめられているのを見ると、それは我々のミーム(文化的遺伝子)に刻みこまれたものなのかもしれません。
いずれにせよ、その核心こそが「鬼」の存在です。この理不尽の象徴を、勧善懲悪の対象ではなく、もしかすると自分も巻き込まれかねないウイルス的症候として扱ったリアリティが、この社会現象の底にあると思いますが、いかがでしょうか。
みずしま・ひさみつ 1961年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、広告会社、インターネット情報サービス会社勤務を経て、2003年東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。同年東海大学文学部広報メディア学科に着任。08年度から現職。著書に『メディア分光器―ポスト・テレビからメディアの生態系へ』(東海教育研究所)などがある。
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