Column:Interview
2020年11月1日号
「ありがとうのチカラ」で人と人をつなぐ
【卒業生訪問!】新型コロナと闘う医療従事者へ
笑顔とメッセージを届ける

ロックヴォーカリスト/T‒BOLAN森友嵐士さん(理学部1987年度卒)

「ひとつひとつの『ありがとう』が贈る側にも贈られた側にも力になりますように」。そうつづられたサイトのトップページ。全国から寄せられた数多くの笑顔とメッセージとともに、森友嵐士さんが歌う『ありがとうのうた〜いのちの手紙〜』が流れる。

今年5月、森友さんは新型コロナウイルス感染症と闘う医療従事者への感謝を伝えるプラットフォームとして、「ありがとうのうたプロジェクト」を立ち上げた。「命がけで働く医療従事者の皆さんに、心ない言葉が投げかけられていると聞きました。でもそういう人ばかりじゃない。感謝を伝えたいと思っている人はたくさんいるはずです。だから、みんなの思いを集めて届ける場所をつくろうと考えました」

90年代からロックバンド「T‒BOLAN」のヴォーカルとして活躍してきた森友さんがプロジェクトを企画した背景の一つに、大切な出会いがある。卒業研究で指導を受けた医学部の坂部貢教授(副学長・医学部長、当時は講師)だ。

化学科に在籍していた森友さんは、教授の勧めで医学部解剖学教室で卒業研究に取り組んだ。「仮説を立てて証明し、医療の土台を築くという基礎研究に興味を持ちました。でも、ちょうど音楽の道に進む覚悟を決めたころ。“ライブ優先、長髪、革ジャンでもいいですか”と医学部の先生に聞いたら、快く承諾してくれました」

そんな森友さんについて坂部教授は、「たぐいまれな音楽の才能に加え、真っすぐで信義に厚い人柄。誰もが応援せずにはいられない」と話す。

森友さんも応援を励みに、真摯に音楽と向き合った。「原因不明の発声障害で歌えなくなった日々の中、会ってたわいない話をした別れ際に、“大丈夫だから”と言ってハグしてくれた。ターニングポイントにはいつも坂部先生がいました。大きな力で守られていた気がします」

応援し続けてきた森友さんから、今度は坂部教授ら医療従事者に贈られたエールに、「“ありがとう”の言葉しかない」と坂部教授は声を詰まらせる。プロジェクトは、医療従事者から介護従事者へ、参加者自作の動画配信へと広がりつつある。「人と人を、『ありがとうのチカラ』でつなげたい。多くの人の参加を願っています」

 
もりとも・あらし 1965年広島県生まれ。91年「T-BOLAN」でメジャーデビュー。CD総売上枚数1700万枚を記録。94年に発声障害を発症し、99年にバンドを解散。2009年にソロ活動を再開し、12年にT-BOLANを再結成した。

(写真下)研究室では、早く来たほうが相手の好きな飲み物を買って机に置いておくような間柄。そんな関係は、離れて30年が経過した今も変わらない。右は坂部教授
森友嵐士オフィシャルファンクラブ「SINGING TREE」