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コラム

2012/08/01
文系・理系の枠にとらわれず、先生方の専門分野や活動から共通テーマについて考察。文理融合の精神が生きる東海大学の教育・研究を発信します
(Back Number掲載中)

「震災・防災を考える」⑪

工学部原子力工学科 内田裕久 教授
エコテクノロジーの時代へ
問われる日本のエネルギー政策


昨年から今年にかけて、東日本大震災後の日本のエネルギー政策について7カ国から講演依頼を受け、市民、研究者、政府関係者らと討論する機会があった。日本はエネルギー資源の96%を輸入に依存し、欧州連合(EU)のように他国に依存した電力網もない。原発中止を決めたドイツの電力は化石燃料による火力発電が約60%、再生可能エネルギーは約17%を占める。電力不足分はEU域内から調達できる。

「Atomkraft? Nein Danke!(原発? 要らない!)」を叫ぶ大学生たちとも議論したが、隣国の原発状況まで考えてはいなかった。デンマークは石油、天然ガスの輸出国だが、2050年までには電力のすべてを再生可能エネルギーへ転換する政策である。しかし、神奈川県の人口の約半分・500万人のデンマークと、産業構造や市場スケールも異なる人口1億2千万以上の日本の電源構成とを比較することに意味はない。それよりも、ドイツやデンマーク国民のエネルギーに対する意識変革、行動から学ぶことは多いと思う。

東京電力福島第一原子力発電所の事故直後から、本学原子力工学科の放射線計測専門の吉田茂生教授を中心に、学科全体で昼夜を問わず継続的に放射線測定を続け、測定結果と説明を学科ウェブサイトに公表してきた。湘南校舎に通う学生、教職員の安全と安心を確保する目的であった。

3月下旬、データを政府関係者に見せると、「こういう実測データと安全性を示す説明が欲しかった。これで外国政府へ説明ができる」と喜ばれた。危機感を持って帰国してしまった留学生に向けて、放射線測定データとともに学科サイトで校舎の安全性について英文で情報を公表した。海外の企業にデータを送ったところ、「日本政府からは何も出てこないが、初めて信頼できるデータを見て安心した」と喜ばれた。原発事故直後、湘南地域の市民からも感謝され、地域の危機管理に寄与できたことは学科の誇りである。

本学の原子力工学科は、原子力の平和利用を目的として、創立者松前重義博士が1956年に原子力工学を扱う学科として国内で初めて開設された。原子力工学とは原子力発電工学だけを扱うのではない。原子の持つ莫大なエネルギーを解放させ、制御、利用する科学技術を研究する学問分野である。震災前、原子力発電分野の市場は年間約7兆円をこえていたが、放射線を利用した工業、医学、農業分野の市場は年間約8兆円をこえる。今後、放射線計測・管理ができる人材がこれまで以上に必要とされる予想だ。

数十年にわたる福島第一原発処理を通して、高度な廃炉技術、使用済み核燃料処理技術を確立しなければならず、日本には原発の製造から設置、運転、廃炉処分、使用済み核燃料処理まで、全プロセスをビジネスにできるチャンスがあり、将来の原発専門家の育成も不可欠である。

福島第一原発の事故は、私たちが無意識に使ってきたエネルギーについて、あらためて考えるきっかけを与えた。安心して暮らせる人間の安全保障という観点から、普遍性、合理性、先端性ばかり追い求めてきた科学技術ではなく、これからは多様な文化、伝統、人間環境、価値観を尊重する科学技術―エコテクノロジーの考え方が必要になってくるだろう。

 

(写真)デンマーク工科大学で専門家らと討論する筆者(右奥)

うちだ・ひろひさ 1949年東京都生まれ。東海大学卒業後、ドイツ・シュツットガルト大学金属学専攻博士課程修了。理学博士。マックス・プランク金属研究所勤務後、81年より東海大学に勤務。専門は水素エネルギー、希土類系機能性材料、真空工学。

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