コラム
2019/10/01情報通信学部情報メディア学科 中谷裕教 講師
人工知能と認知脳科学
脳の理解と情報工学の発展
コンピュータに興味を抱き、学生時代は電子工学を専攻した。コンピュータについて学べば学ぶほど、人の知性やそれを実現している脳に興味を持つようになった。我々には簡単にできて、コンピュータにはできないことがたくさんある。その反対も然りだ。
たとえば、大量のデータをプログラムで指定された手順に従い、素早くかつ正確に処理することはコンピュータの得意とするところである。しかしコンピュータの原理上、その性能が現在の延長線上でいかに進歩しても、複雑な事柄を経験と知識を頼りに総合的に把握するといった直観的なことはできない。
コンピュータと人の違いを調べれば「人とは何か」を理解できるのではないか――。現在、認知脳科学の分野で人の高次認知機能を脳機能イメージング法により調べている。さて、最近はあちこちで人工知能(Artificial Intelligence:AI)という言葉を耳にするようになった。人工知能とは何なのであろうか。文字どおりに解釈すると「人の知能を工学的にコンピュータ上で実現したもの」となる。しかし、私が初めて参加した人工知能学会での学会長の講演によると、人工知能という学問は、「まだ実現できていない知的な情報処理の実現を目指すこと」らしい。
たとえば自動翻訳などは当初、人工知能として開発されていたが、その技術が一度実現されてしまうと、それはもう人工知能とは呼ばれなくなる。それはきっと、知能という言葉には神秘的な謎めいた響きがあるからだろう。一度そのからくりがわかってしまうと、もはや知能とはみなされなくなるからなのかもしれない。人工知能は未知の情報処理技術の実現に挑戦するエキサイティングな学問なのである。
私の専門分野から眺めた人工知能とは、「人の知性やその脳の仕組みを理解するためのヒントをくれるもの」である。たとえば、この10年ほど将棋を題材にしてエキスパートの直観を脳科学的に調べている。将棋の高段者は複雑な局面でも、指し手の候補を瞬時に見つけることができる。
コンピュータにおける情報処理の視点で考えるとこれはとても不思議なことだ。なぜなら、コンピュータはプログラムに従ってデータを分析した後に答えを出すが、エキスパートは直観で答えの候補を絞り込んだ後に分析を行って答えの確認を行う。分析と答えの関係が脳とコンピュータでは反対の関係にあるのだが、こういった点に着目し、興味を持てたのも人工知能という学問に関心があったからだろう。
一方、認知脳科学では知性を実現している脳の仕組みを学問の対象にしている。そのほとんどは工学的に実現されていない知的な情報処理であり、人工知能のヒントとなる。人工知能と認知脳科学が密接に協力し合うことで、情報技術の発展と脳の理解の両方につながると期待している。
なかたに・ひろのり 1973年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業。同大学院工学研究科電子工学専攻博士後期課程修了。専門は認知脳科学、生体情報工学。日本神経科学会や電気学会などに所属。著書に『「次の一手」はどう決まるのか: 棋士の直観と脳科学』(勁草書房)などがある。
(図)思考中の将棋高段者の脳活動を表現した図。イメージの生成にかかわる楔前部(けつぜんぶ)と複雑な運動計画に関わる上前頭回が思考に関わっていることがわかる
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