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コラム

2015/01/01
文系・理系の枠にとらわれず、先生方の専門分野や活動から共通テーマについて考察。文理融合の精神が生きる東海大学の教育・研究を発信します
(Back Number掲載中)

「住を語る」⑨

健康科学部社会福祉学科
西村昌記 教授

終の棲家を求めて
エイジング・イン・プレイスの実現へ


「終の棲家(住処・すみか)」という言葉から、どのようなイメージを思い浮かべるだろうか。人生の締めくくりを過ごす場所、そこで最期を迎える住まい、そして安住の地といったところか。

筆者が専門とする社会老年学や高齢者福祉の世界では、最近、エイジング・イン・プレイスという用語をよく見聞きするようになった。これは、「住み慣れた地域で老後をまっとうすること」を意味するが、同時にそれを支えるためのさまざまなサポートを含意しているといえよう。

1990年前後、「呼び寄せ老人」という言葉が広く流布した。遠くに暮らす子どもに呼び寄せられ、見知らぬ土地で暮らす高齢者の孤独が深刻な問題として注目を浴びた。受け入れる側の子どもにとっても、生活を一変させる大きな決断を伴う。楡周平の『介護退職』(祥伝社)を読み、身につまされた中年世代も多いだろう。

日本は世界有数の高齢社会であり、最長寿の国でもある。女性の寿命は87歳に近く(世界一)、男性も80歳をこえている。長寿化の伸展で誰もが高齢期まで生きることのできる時代が到来したものの、晩年には介護を必要とする状態を経て、死期を迎える可能性が高まった。

たとえば、75歳以上では要支援・要介護状態の高齢者は3割近くにのぼる。公的介護保険制度の充実とともに老後の住まいの選択肢が増えた一方、介護の必要性が老後の住まいのあり方を左右する時代にもなったのだ。

近年、増えつつある有料老人ホームのキャッチフレーズはまさに「終の棲家」であり、サービス付き高齢者向け住宅の整備も始まった。介護老人福祉施設である特別養護老人ホームでも、看取りのあり方が大きな課題だ。そして何よりも、住み慣れた地域、住み慣れた家で最期を迎えるために、在宅福祉・医療サービスの充実が重要性を増している。

また、貧困問題も無視できない。生活保護世帯数は現在160万世帯に及び、その半数近くが高齢者世帯である。

数年前、群馬県の無届け高齢者施設で10人の高齢者が火災で亡くなったという報道を覚えているだろうか。そのうち、7人は東京都の自治体から生活保護を受けていたことが後に判明した。介護保険サービスだけでは身寄りのない高齢者を支えることができない実態があらわとなり、老後の生活保障のあり方をあらためて考えさせる事件であった。

さらに深刻な事態は、高齢犯罪者の増加であり、特に再犯者の問題は目を見張らざるを得ない。65歳以上で初めて罪を犯した人のうち、半数近くが1年以内に罪を重ねている。身寄りも仕事もなく、刑務所へ戻るために盗みなどを繰り返す例が少なくないことが、その理由とされる(朝日新聞2008年1月19日)。刑務所が「終の棲家」であってよいはずがない。

「終の棲家」の問題は、介護や医療、老後の生活保障、住宅など、総合的な政策の見直しを余儀なくさせる課題といえよう。エイジング・イン・プレイス実現への道はまだ遠い。

 

にしむら・まさのり 1959年北海道生まれ。法政大学社会学部卒業。東洋大学にて博士号(社会福祉学)取得。時事通信社、ダイヤ高齢社会研究財団を経て、2005年より健康科学部勤務。専門は社会老年学。著書に『ソーシャル・インクルージョンの社会福祉』(共編著、ミネルヴァ書房)、『触発する社会学』(共著、法政大学出版局)など。

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