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コラム

2012/05/01
文系・理系の枠にとらわれず、先生方の専門分野や活動から共通テーマについて考察。文理融合の精神が生きる東海大学の教育・研究を発信します
(Back Number掲載中)

「震災・防災を考える」⑧

文学部心理・社会学科 近藤 卓 教授
心的外傷によるストレス障害
「乗り越える力」を学術的に考える


事件や事故などに遭遇して、自分自身の生命にかかわるような厳しい体験をすると、多くの人がそのつらさや悲しさなどによって心に変調をきたしてしまいます。近年、そうした心の状態は心的外傷後ストレス障害(PTSD)として、一般にも知られるようになってきました。この障害では、孤立感、現実感の消失、夢、錯覚、フラッシュバック、強い不安症状、睡眠障害、集中困難、過度の警戒心、過剰な驚愕(きょうがく)反応などのつらい症状が現れます。もちろん、すべての人がPTSDになるわけではなく、その発症率は30~50%といわれています。また、事件や事故から1カ月過ぎても発症せず、半年後や1 年後、ときには5年以上経ってから深刻な症状が現れることもあります。

PTSDは、生命にかかわるような体験をした場合に発症する可能性があるのですが、直接自分自身が体験しなくても、そうした現場を見たり聞いたりしたり、あるいはテレビなどで間接的に視聴した場合でも、深刻な症状になることがあります。特に子どもの場合には影響を受けやすいので、テレビなどのメディアによる事件や事故の報道を視聴する際には、十分な注意が必要です。

しかし、人はつらく苦しい体験をすると、誰でもが心に障害を持つことになるわけではありません。それは、前述のようにPTSDの発症率からもわかることです。また、そうした症状を呈(てい)した場合でも、その状態にとどまり続けるわけではありません。大多数の人たちが、やがてその障害を乗り越えていきますし、むしろ以前にもまして人間的成長を遂げることさえあります。

そうした心の成長の現象は、これまで文学や芸術あるいは宗教の主要なテーマでした。過酷な境遇に置かれ、悲惨な体験をした主人公が、やがて立ち上がり前進していく描写に、私たちは希望と勇気を感じ取って、そうした物語を受け入れてきたのではないでしょうか。

近年、そうした過酷な境遇を乗り越え成長していくという事態を、心理学的、医学的そして科学的な研究の俎上(そじょう)に載せようという動きが始まっています。外傷体験の後に成長するということで、それを心的外傷後成長(PTG)といいます。私自身、PTGに関する本を執筆中で、2012年の秋までに出版する予定です。機会があれば、ぜひ多くの皆さまにお読みいただきたいと思っています。

 

こんどう・たく 1948年埼玉県生まれ。東京大学大学院教育学研究科健康教育学専攻修了。専門は、臨床心理学・健康教育学。日本学校メンタルヘルス学会、日本学校保健学会などに所属。著書に『死んだ金魚をトイレに流すな』(集英社新書)、『自尊感情と共有体験の心理学』(金子書房)などがある。

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