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2021年3月1日号
低侵襲・機能温存でQOL向上へ
前立腺がんの新規診断・治療法導入
医学部医学科外科学系泌尿器科学 小路 直 准教授

国立がん研究センターによると、2017年に新たに前立腺がんと診断された患者は9万1215人。16年に1位だった胃がんを抜いて、日本人男性が罹患するがんのトップとなった。医学部医学科外科学系泌尿器科学の小路直准教授(医学部付属病院)は、体に負担が少なく排尿機能などを温存できる新たな診断・治療法を日本で初めて導入し、注目されている。

「前立腺は、男性の尿道を取り囲むようにして膀胱の下部に位置するクルミ状の臓器。前立腺がんは早期に発見・治療すれば治癒が可能ですが、一般的な診断・手術法には課題があります」と小路准教授は話す。

前立腺がんの診断は、腫瘍マーカーの一つであるタンパク質PSA(前立腺特異抗体)の値が4以上の場合に、前立腺に十数本の針を均等に刺して組織を採取する生体検査(病理検査)により行われる。「しかしこの方法は、出血や痛み、感染症のリスクを伴い、がんの有無や位置を正確に判断できません。また、手術は前立腺をすべて摘出しなければならないため、排尿機能や性機能が損なわれてしまいます」

部位を正確に特定しピンポイントで治療
診断の課題を解決するため、小路准教授が2013年に医学部付属八王子病院に導入したのが、日本初の「MRI―TRUS融合画像ガイド下生検」だ。「核磁気共鳴画像(MRI)による3次元の画像に超音波検査(TRUS)で得られる2次元画像を融合させて可視化し、がんが疑われる部分を特定して生検します。従来は発見できなかったがんを検出するだけでなく、位置や大きさ、形状をより正確に判断できるようになりました」

さらに、16年6月には、同病院で高密度焦点式超音波療法(HIFU)を用いた前立腺がん標的局所療法(フォーカルセラピー)を開始。

「融合画像により特定したがんとその周辺のみを、直腸に挿入した器具から超音波を照射して壊死させます。治療は約1時間。排尿や性機能に影響する部分を可能な限り残せます。メスを入れないため24時間以内に退院可能で、機能回復に関する患者さんの満足度も高い」と説明する。

小路准教授がMRIを用いた前立腺がんの生体検査に出合ったのは、アメリカ・南カリフォルニア大学に留学していた11年。帰国後もドイツの工学系研究者らと研究を続け、「MRI―TRUS融合画像ガイド下生検」を日本で実現させた。

一方、当時付属八王子病院で進められていたがんの超音波治療にも注目。この生検と超音波を融合させてHIFUを用いた部分治療を確立させた。「研究を続け、人と技術をつなぐことで、先進的な診断・治療法を導入できた」と振り返る。

技術を普及させ保険収載を目指す
「研究の結果、この生検では90%以上の精度で前立腺がんの場所が診断できることを明らかにしました」と自信を見せる。

16年2月には厚生労働省から「先進医療A」に承認され、現在は保険収載(公的医療保険の適用)を目指して技術の普及にも注力。21年1月現在、国内では25の医療機関で導入され、小路准教授は台湾や韓国などアジア各国でも積極的に技術指導を行っている。

「HIFUを用いたがん標的局所療法も240例をこえました。初期の90 例では、治療した部位の再発はゼロで、温存した前立腺からの再発はわずか7.8%。尿失禁は改善され、約8割が性機能を回復したとの結果が出ています」

この成果は20年10月に、医学雑誌『インターナショナル・ジャーナル・オブ・クリニカル・オンコロジー』に掲載。こちらも最終的には保険収載が目標だ。

「人生100年時代。新規診断・治療法を普及させてQOLの向上に寄与し、医師としての立場から活力ある日本社会の実現を目指したい」




Focus
平静を保ち情熱を傾ける




少年時代から平山郁夫の日本画に傾倒。「画家になり、文化財の修復保存にもかかわりたい」と思っていたが、高校2年時に一転、医師を志した。「冷静に自分を見極めた結果」という。笑みを絶やさず穏やかな語り口。でも、「こう見えてクールな一面があるんです」。

泌尿器科を選んだのは聖路加国際病院での研修医時代。当時理事長だった日野原重明博士の命と向き合う姿勢と、日野原博士を通じて知った”臨床医学の父”と呼ばれる医学者W・オスラー博士の言葉、「医学の中にヒューマニズムを取り戻し人間を全人的にみる」に感銘を受けたことがきっかけだ。

「泌尿器科領域の臓器は生命に重要な役割を果たし、排尿や性機能など、生活の質に大きく影響します。機能を温存して人間性を保つことは非常に大切だと考えました」

医師として経験を積む中、医療を取り巻く社会全体を多角的、系統的に学ぶ必要性を実感。2020年3月には、国際医療福祉大学大学院医療経営管理分野でヘルスケア領域の経営学修士を取得した。「病院を持続、発展させて地域に貢献するためには戦略が必要」と力説する。

「ときには戦いも必要だが、気負わずマイペースをキープ」と小路准教授。オスラー博士が医師に求めた「平静の心」を保ちつつ、人々の幸せのために情熱を傾ける。

 
しょうじ・すなお
1977年東京都生まれ。2002年東京医科大学医学部卒業。08年東海大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。同大学講師を経て11年から2年間南カリフォルニア大学へ留学。東海大に戻り15年准教授(付属八王子病院)、19年から付属病院に勤務。