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特集

2012/10/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

『古事記』は日本最古の エンターテインメントだ

文学部日本文学科 志水義夫教授

イザナキ・イザナミの国造り、天の岩屋戸、因いな幡ば の白兎、ヤマトタケル……どこかで聞いたこと、読んだことのあるエピソードが収められているのが、日本最古の歴史書、古典文学として知られる『古事記』だ。今年は成立1300年の記念イヤー。古事記研究の専門家である文学部日本文学科の志水義夫教授に、エンターテインメントとしての読み解き方を教えてもらった。

『古事記』は、今から約200年前、江戸時代の国学者・本居宣長(1730~1801年)によって本格的な研究が始められた。彼がなぜ古事記に着目したのかというと、“日本語”というものを強く意識してまとめられた文献だから。古事記を読み解くことで、日本語を操る日本人の考え方や価値観を探ることができると考えたのだ。
 
「古事記は決して難解ではありません。笑いあり、涙あり、ダジャレだってある。皆さんが日ごろ読んでいるアニメやライトノベルなどにも、古事記的な要素を見ることができます」と志水教授。アニメ「ポケットモンスター」や特撮「ウルトラマン」、時代劇「水戸黄門」を見てみると、①主人公一行が、②ある土地にやってきてその土地の人間とかかわり、③その土地の問題を解決して、④次の土地に旅立つ、という同じ話型(話のパターン)で成り立っていることがわかる。これは、1300年前に作られた古事記にも共通すると指摘する。
 
たとえば、因幡の白兎で知られるオホナムチ( 大国主命[おおくにぬしのみこと])の根の国訪問譚。兄にいじめられたオホナムチが根の国に行き、さまざまな試練の末に妻を得て、大国主命としてこの世に帰還し、兄たちを退け国の主となるというエピソードだ。細かなディテールは違うが、なんだか見たことのあるような……。そう、今を生きる私たちが面白いと思っているさまざまな物語の原型がそこにある。古事記は1300年前のポケモンなのだ。

世界共通の面白さ!? 北欧の叙事詩との比較
大学時代は文学部北欧文学科(現・北欧学科)でフィンランド語を学び、民族叙事詩である『カレワラ』と日本神話(古事記)の比較を卒論にまとめた後、大学院で本格的に古事記研究の道へと進んだ異色の経歴を持つ志水教授。「フィンランドに限らずギリシャやローマなど、世界各国の神話に古事記と似たようなエピソードがある。面白さのツボは世界共通であり、そこに古事記の世界が持つグローバル性があるのです」
 
物語の“骨格”は古今東西すべて同じ。それにどう肉づけし、服を着させるか……。そこに国や時代の特徴が表れてくる。その差を読み解くことは、私たちを形成してきた“日本人らしさ”を探る一助ともなるはずだ。「でも注意してほしいのは、“手足が震えた”“おそれた”などの記述はあるけれど、そこの心理描写は細かく説明されていないこと。読み手には、行動描写から登場人物の心の動きを察する想像力が求められます」。う~ん、なんだか難しくなってきた。「初めに例に出したアニメを思い出せば大丈夫。その応用編だと思って読み解いてください」


古事記を学ぶ8回シリーズ⃝10月20日から開講⃝

文学部の教員が講師を務める生涯学習講座「古事記成立1300年記念 古事記の時空と世界の神話」(8回シリーズ)が、高輪校舎にある東海大学エクステンションセンターで10月20日から開講される。 志水教授が全体のテーマ構成を担当。哲学、史学、言語文学、心理学など文学部の多彩な専門分野の教員が、『古事記』という作品とそれを生み、受け止めて伝えてきた歴史や思想などを読み解く。



focus
幅広い視点で物事を見れば
思いもかけない発見がある


「漫画家になることが子ども時代の夢。北欧文学科に進学したのも、フィンランドを舞台にした漫画を描きたかったからです」と笑う。研究者の道に進んだ今でも漫画やアニメは大好き。話題作はすかさずチェックする。そうすることで、その骨格となる古事記の魅力を再発見できるという。「専門分野に偏ることなく幅広い目で見ることで、思いもかけない発見があります」
 
7、8年前からは、天文学者・渋川春海(1639~1715年)の研究にも取り組んでいる。渋川は、冲方丁の小説『天地明察』の主人公。古事記研究の出発点である本居宣長より前の時代に生きた彼の考え方を探ることで、新たな角度から古事記を読み解こうと試みている。渋川を通じて彼のスポンサーでもある水戸光圀、さらには光圀を主人公にした時代劇『水戸黄門』へ……。志水教授の研究はますます広がりを見せている。「自分が面白いと思ったことに突き進んでほしい。行動に移せば、結果は後からついてきます」
 
 
(イラスト)志水教授が「世界に誇る怪獣王国、日本で最古の怪獣登場作品」と語るのが、古事記に出てくるヤマタヲロチの物語。美しい娘(クシナダヒメ)を食べようと現れた8つの頭と8本の尾を持つ巨大な怪物・ヤマタヲロチを、スサノヲが大量の酒を飲ませて酔わせたところを切り刻んで退治したというもの。※一コマ漫画=六條院惟光こと志水義夫教授

しみづ・よしを 1962年東京都生まれ。東海大学文学部北欧文学科卒。同大学院文学研究科日本文学専攻博士課程後期単位取得退学。博士(文学)。著書に『古事記生成の研究』『古事記の仕組み』など。
Key Word 『古事記』と『カレワラ』
古事記は712年(和銅5年)、太安万侶(おおのやすまろ)によって編纂された日本最古の歴史書、古典文学。その約30年前、天武天皇が稗田阿礼(ひえだのあれ)に命じて天皇家の系譜と伝承を誦み習わせていたものを書き直し、編纂した。序文および上・中・下巻の3巻で構成されている。一方、フィンランドの民族叙事詩であるカレワラは、エリアス・レンルートが各地を回って収集した伝承詩を編集してまとめたもの。1835年に2巻32章、49年には全50章からなる最終版が出版された。当時のフィンランドはロシア帝国に編入されていたが、カレワラが出版されたことで人々に自国の文化や言語などに対する自信を与え、ロシア帝国からの独立へと導く大きな刺激となった。共に自国意識の覚醒する中で生まれてきた神話的作品だ。

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