share

特集

2011/07/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

観光学の体系化を目指す

学問世界の近代五種?
観光学部観光学科 田中伸彦教授

私たちの生活になじみ深い旅行や交通、レジャーをはじめ、まちづくりやランドスケープ(景観)の設計など、「観光学」を取り巻くフィールドは広い。観光立国を掲げる日本の将来を担う人材の育成を目標に昨年4月に新設された観光学部では、どのような研究が行われているのだろうか。「実学としての観光学の体系化」を目指す田中伸彦教授の研究室を訪ねた。

「観光学は、例えるならオリンピックの近代五種や陸上の十種競技のようなもの。幅広い教養が求められる実学です」田中教授の専門は「レジャー学」と「自然環境(森林)計画学」。レジャー学の立場から、森林とのかかわりを中心に据えて「観光を通じた自然と人とのかかわり」についての研究に取り組む。

射撃、フェンシング、水泳、馬術、ランニングの全く異なる5競技での能力が求められる近代五種のように、「観光学には文系、理系の枠組みを超えた幅広い学問分野からのアプローチが求められる」のだ。「観光は字のごとく“光を観せる”もの。文化、歴史、自然、経済まで、人々を魅了できる知識がなくては地域の魅力を発信することはできません」

森林や山村と人々の暮らしのあり方を研究
本来の専門は森林学。「前任の森林総合研究所では、里山などの自然と人とのかかわりについての研究を中心に取り組んでいました」と話す。東海大学に赴任する直前には、環境省の地球環境研究総合推進費の採択を受けたプロジェクトで「森林生態系サービスの観点から見た山菜・きのこ研究の現状と動向」や、「日本の里山地域における観光と森林生態系サービスとの関係」などの研究に取り組んできた。

森林生態系サービスとは、森林生態系から人間が享受する利益(サービス)のこと。水源かん養や土砂災害の防止といった“基盤サービス”や、気候を緩和する“調整サービス”、食料や木材の“供給サービス”、レクリエーションや伝統文化などの“文化的サービス”に分けられる。

「山菜・きのこ研究」では、里山に暮らす人々と自然とのかかわり合いの変遷を生態学者、環境経済学者らと学際的に探った。「例えば南会津地域では、昔はゼンマイの供給サービスだけで山村集落の生計を支えることができ、豊かな食文化が育まれました。現在は山菜やきのこだけで地域を潤すまでにはいかなくなりましたが、新たにエコツーリズムなど、文化的サービスの観点を交えることで持続可能な里山管理や山村振興が行えると考えています」

総合的な視点から人間らしさを考える
人と森林とのかかわりから派生して取り組み始めたのが、レジャー学を中心に据えた思索的研究だ。「そもそも人はなぜレジャーを楽しむのでしょうか。歴史をたどり、時代ごとの為政者や宗教・経済と、余暇生活との関係を見ていけば、人間がより人間らしく生きるためにどのように過ごすべきなのかが分かります」と話す。

「例えば、欧米では中世までレジャーが人生の主目的で、仕事はレジャーの副次的位置づけでした。現在それが完全に逆転してしまっています」。無粋な時代だからこそ、人生を有意義に過ごすための基盤的学問であるレジャー学の再考が、現代観光学には欠かせないと田中教授は言う。「観光学はまだ発展途上の学問ですが、観光活動・産業に役立つ実学でなくてはならないと考えています。大学で行う基盤的な研究・教育を通して、多様な学部学科のある東海大だからこそ実現可能な学際的な実学体系を築くことが目標です」

森林研究から観光学へ 文理融合の研究活動を

神奈川県茅ヶ崎市出身。湘南の海を目の前に育ったこともあり「少年時代から森より海のほうが好きかもしれない」と笑う。「里山や田畑は身近にありましたが、照葉樹林や松林は遊び場として面白くないと思っていました」そんな田中教授が森林学の世界へと進むことになったのは、大学時代に受講した「環境ゼミ」がきっかけだったという。 

「ゼミの一環で、『雑林の経済学』という本を書いた室田武先生(経済学者・現同志社大学教授)と岩手県山形村(現久慈市)で合宿したことで、森林学の道に進むことを決めました。山小屋作りや炭焼きなどを通して、森林とかかわること、森林の中で生きることの魅力を実感したことが大きかった」その後、原生林から都市の緑地、公園設計まで扱う森林風致計画学の研究室を卒業し、森林総合研究所、林野庁研究・保全課への勤務を経て、観光学部の開設と同時に東海大学へと赴任した。

現在は、自然とは何かを考える「ネイチャー・レクリエーション論」などの講義を担当。2年後、1期生たちが4年生となり、卒業論文をまとめる日を楽しみにしている。「文系の学生たちがどのような研究に取り組みたいのか、理系出身の私の想像を超えた発想が出てくるのでは。アイデアをアウフヘーベン(止揚)させていきたい」

 
(写真上)森林総合研究所時代につくば市で行った子ども向けのヒノキ間伐体験。田中教授は森と触れ合う機会を増やす活動も展開している
(写真下)奈良県川上村にある「下多古村有林」を視察する田中教授。樹齢280年から380年のスギやヒノキが林立している

研究室おじゃまします!記事一覧

2024/02/01

アスリートの競技能力向上目指し

2024/01/01

適切なゲノム医療推進に向け

2023/04/01

湘南キャンパスの省エネ化へ

2023/02/01

"日本発"の医療機器を世界へ

2022/06/01

細胞のミクロ環境に着目し

2022/04/01

遺構に残された天体の軌道

2022/01/01

海洋学部の総力を挙げた調査

2021/12/01

体臭の正体を科学的に解明

2021/10/01

メタゲノム解析で進む診断・治療

2021/06/01

将棋棋士の脳内を分析

2021/03/01

低侵襲・機能温存でQOL向上へ

2021/02/01

安心安全な生活の維持に貢献

2020/11/01

暮らしに溶け込む「OR」

2020/09/01

ネルフィナビルの効果を確認

2020/07/01

次世代の腸内環境改善食品開発へ

2020/06/01

運動習慣の大切さ伝える

2020/05/01

ゲンゴロウの保全に取り組む

2020/03/01

国内最大級のソーラー無人飛行機を開発

2019/11/01

新規抗がん剤の開発に挑む

2019/10/01

深海魚の出現は地震の前兆?

2019/08/01

隠された実像を解き明かす

2019/06/01

椎間板再生医療を加速させる

2019/05/01

自動車の燃費向上に貢献する

2019/04/01

デザイナーが仕事に込める思いとは

2019/03/01

科学的分析で安全対策を提案

2019/02/01

幸福度世界一に学べることは?

2019/01/01

危機に直面する技術大国

2018/12/01

妊娠着床率向上を図る

2018/10/01

開設3年目を迎え利用活発に

2018/09/01

暗記ではない歴史学の魅力

2018/08/01

精神疾患による長期入院を解消

2018/07/01

望ましい税金の取り方とは?

2018/05/01

マイクロ流体デバイスを開発

2018/04/01

ユニバーサル・ミュージアムとは?

2018/03/01

雲やチリの影響を解き明かす

2018/02/01

海の姿を正確に捉える

2018/01/01

官民連携でスポーツ振興

2017/11/01

衛星観測とSNSを融合

2017/10/01

復興に向けて研究成果を提供

2017/09/01

4年目を迎え大きな成果

2017/08/01

動物園の“役割”を支える

2017/06/01

交流の歴史を掘り起こす

2017/05/01

波の力をシンプルに活用

2017/04/01

切らないがん治療を目指す

2017/03/01

心不全予防への効果を確認

2017/02/01

エジプト考古学と工学がタッグ

2017/01/01

コンクリートの完全リサイクルへ

2016/12/01

難民問題の解決策を探る

2016/11/01

臓器線維症の研究を加速

2016/10/01

情報通信技術で遠隔サポート