Column:Point Of View
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2019年9月1日号
ステマもどき
文化社会学部広報メディア学科 笠原一哉 講師

7月末の夕方、民放の情報番組を見ているときだった。ニュースに続き、レモンサワーの人気を伝えている。遅い梅雨明けと絡めた暇ネタかな、おいしそうだ、などと呟いていると、妻が「これ宣伝だよ、朝もやってた」と笑う。
 
確かにアナウンサーは続けて、そのテレビ局が今夏に開催するイベントとそこで販売するレモンサワーを、屈託のない笑顔で紹介した。「ニュースと紛らわしい広告が多いから気をつけよう」と授業で伝えている自分が釣られた……。悔しくて「くそ!」と叫んでしまったが、妻は「そんなに怒ること?」とあきれ顔だ。何が問題か、整理したい。
 
商品の宣伝であることを隠した広報活動を「ステルス・マーケティング」略してステマという。地下鉄でいちばんつながる携帯電話を調べたらA社だった、というネットの「記事」が、実はA社から報酬をもらって書かれた「広告」だった、といった例を2015年に『週刊ダイヤモンド』が特集し、反響を呼んだ。
 
多様な事象から「知る価値のある情報」を取捨選択して届ける。社会がメディアに期待する役割だ。読者は掲載の経緯を確認できないから、記者の価値判断を信じるしかない。特に報道機関にとって信頼は最も重要な資産である。ステマは、記事を読もうと判断してくれた読者の信頼を切り売りする自殺行為だ。
 
だから情報を扱う際は、「事実と意見を分け、情報自体の価値と向き合う」ことが基本だとされているが、影響力のあるメディアほど掲載への要望や圧力は高まる。信頼を守るには、覚悟がいる。
 
テレビにも「ステマもどき」はあふれている。日本民間放送連盟の「放送基準」は広告放送について、「広告であることを明らかにする」「ニュースと混同されやすい表現をしてはならない」としているが、番組の一コーナーのように商品を宣伝したり、自社が出資する映画の俳優を情報番組に出演させて宣伝したりなどは日常茶飯事。エンタメだからいいだろう、という覚悟のなさに、腹が立つのだ。
 
ちなみに妻が私の怒りを共有しないのは、「テレビにジャーナリズムとか倫理観とか期待してないから」だという。私はまだあきらめたくない。

(筆者は毎号交代します)