Column:本棚の一冊
2019年3月1日号
『射影平面の幾何学』


逆向きの風景を見る
理学部情報数理学科 桑田孝泰 教授



同じ道を歩いていても、行きと帰りがまったく違った道に見えることは誰にでも経験があることと思う。大学に入学したてのころクラブの先輩に、山登りのときに道を戻ることがよくあるから、「要所要所で振り返り、逆向きの風景も覚えておくように」という助言を受けて、山に登るたびにこの言葉を教訓にしていた。
 
今回紹介する一冊『射影平面の幾何学』(郡敏昭著)は、大学時代に一番感動を受けた授業の実況中継のような本である。郡先生が試行錯誤されながら講義を進めていかれたことが垣間見える中身となっている。
 
私は数学科の学生ではなかったが、数学の教員免許取得のため数学科の講義を聴講していた。その一つに郡先生の「幾何学A」があった。
 
通常の平面に無限遠点と呼ばれる点をつけ加えた射影平面上で図形を考えると、今まで扱ってきた通常の平面上の図形の性質すらすっきりと考えられることが多い。たとえば、射影平面においては「どんな2直線も必ず1点で交わる」ことになる。平行な2直線は無限遠点で交わるとみなすのである。
 
また射影平面上の直線は点とみなすことができ、その集まりとして双対平面というものを考えることができて、射影平面の点は双対平面上の直線とみなすことができる。
 
双対平面もまた、射影平面となる。すると射影平面における定理で、点を直線に、直線を点に、「2点を結ぶ直線」を「2直線が交わる点」に、といった具合に言葉を置き換えて得られる命題もまた真であるという夢のような原理が成り立つ。双対原理という。
 
既約2次曲線に内接する六角形に関するパスカルの定理(1639年)と、その167年後に発表されたブリアンションの定理(1806年)は、見かけは異なるが、一方は他方の双対命題になっていて、実はまったく同じ定理なのである。見た目は違って見えても、同じ世界が広がっている射影平面とその双対平面を知って驚き、感動したのを今でも覚えている。
 
中学生のときに読んだ『地底旅行』(ジュール・ヴェルヌ著)で、火山の火口から地底に入っていくと地底に空洞と海があり、もう一つの世界が広がっているという小説を読んだときの感動が、数学の世界では実際に存在していた。
 
私は大学卒業後、予備校講師として数学を教え始めた。9年半務め、アメリカ・ユタ大学の数学科の大学院に留学し、射影幾何の延長線上にある代数幾何学を専門として学び研究し修業した。今でも要所要所で振り返り、逆向きの風景を見ることを大事にしている。


『射影平面の幾何学』
郡敏昭著 
遊星社

 
くわた・たかやす 1960年生まれ。84年早稲田大学理工学部資源工学科卒業。98年ユタ大学博士課程修了。