Column:本棚の一冊
2019年8月1日号
『予防医学のストラテジー』


本とのご縁がありますように
体育学部生涯スポーツ学科 松下宗洋 助教



私の研究室には、他の研究室のゼミ生が頻繁に遊びに来る。新米教員の私にとって、他の研究室のゼミ活動は関心事であり、「君のゼミでは何やってるの?」とよく話しかけている。

ある日、いつものように学生にこの質問をしたところ、「次回は各学生のおススメの本を1冊ずつ紹介するんです」と教えてくれた。 このやりとりのほんの数分後、研究室の電話 が鳴り、「『本棚の一冊』 というコラムでお勧めの本を紹介していただけませんか?」と、当コラムの執筆依頼があった。これもきっと何かのご縁、私は二つ返事で執筆することにした。

私は、まさしく“研究室の本棚の1冊”との鮮烈な出会いを覚えている。

それは私が修士学生のころ、具体的な研究テーマが決まらずに悩んでいたが、悩んでる だけでは仕方がないと思っていた。そこで何か行動を起こそうと考え、「先生の研究室の本を全部読んだら、先生をこえられるだろう!」と荒ぶり、最初の1冊に手を伸ばしたのである。その本こそが、『予防医学のストラテジー』である。手に取った理由は、表紙が真っ赤で目についたこと、小さめのサイズで読みやすそうだったからにほかならない。

私はこの本と出会ったころ、健康運動指導士という資格の勉強をしていた。この資格は、生活習慣病など放っておくと重篤的な健康障害に至る危険性が高い人(ハイリスク者)に、安全で適切な運動指導ができる能力を示すものである。当時の私は、ハイリスク者への運動指導で頭がいっぱいだった。

しかし、この本は「重篤な疾患である脳卒中の発症数は、ハイリスク者(高血圧患者)よ りも、少し血圧が高い程度の人に多いんだよ」と教えてくれたのである。

すなわち、ハイリスク者の健康状態を改善すること(ハイリスクストラテジー)はもちろん大事だが、集団全体の健康状態(血圧など)を少しずつよくすること(ポピュレーションストラテジー)のほうが、社会的なインパクトが大きいことを気づかせてくれたのである。まさに目から鱗が落ちた。

その後の私はポピュレーションストラテジーの虜であり、多くの人に影響を与え得る健 康・スポーツ政策の科学的根拠をつくる研究に邁進している。ちなみに1冊目から大当たりの本を選んだ私は、研究室の本棚の本をすべて読まなくてすんだ (機会を逸してしまった?)。

このコラムを読んでくれた方、これもきっと何かのご縁。研究室の扉を開けて、1冊の本と運命的な出会いをしてみませんか?


『予防医学のストラテジー 生活習慣病対策と健康増進』
Geoff rey Rose著
医学書院

 
まつした・むねひろ
1987年生まれ。東海大学体育学部卒業。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士課程修了。博士(スポーツ科学)。専門は疫学・公衆衛生学。