Column:知の架け橋
2019年5月1日号
「AI」を考える
情報理工学部情報科学科 染谷博司 准教授

AIから見る過去と未来
20年後に求められる技術とは


人工知能 (Artificial Intelligence:AI) とは、「人間の知覚と脳での情報処理を計算機でシミュレートできるようにモデル化したソフトウェアシステム」であるとされる(岩波理化学辞典第5版)。人間の情報処理の模倣に限定せず、人間が知的と感じるさまざまな活動を計算機上で実現しようとする技術を広く指すことも多い。

筆者がAI技術に初めて携わったのは、学部生時代の卒業研究だ。脳の仕組みを模倣した学習システムである ニューラル・ネットワーク(Neural Network:NN)を用いて、名刺のデザインシステムの構築を試みた。

名刺のデザインは、どれも似たり寄ったりに見える。しかし、全く同じというわけではなく、何らかの意図でデザイン上のこまやかな差別化が図られている。この研究では、特徴的なデザイン要素を有する各種の名刺を用意し、記名された人物に対して受け取り手が抱く印象を調べ、デザイン要素と印象との因果関係をNNに学習させた。たとえば、受け取り手に高い信頼感を与える名刺をデザインする支援システムが作れないだろうか。デザイン要素とは、文字の大きさ、フォントの種類、イラストロゴの有無などだ。

しかし、この試みは狙いどおりにはならなかった。筆者が構築したシステムは、何らかの名刺デザインを入力したとき、それが受け取り手に与えるであろう印象を推定し、出力するものだった。実現したかったのは「高い信頼感を与える名刺を作りたい」 と入力したときに、相応するデザインを出力するシステムである。入出力の方向が真逆だった。これに気づいたときには、すでに卒業研究の発表時期が間近に迫っていたため、名刺デザインの評価システムを提案する主旨で卒業論文をまとめたが、人間の創造性や知識発見の仕組みへの興味はいっそう高まった。

大学院進学後の配属研究室の主たる研究分野は、「進化計算」と 「強化学習」だった。一般的なNNは、計算機に学習させたい対象の例題である訓練データ (教師データ) を必要とするが、進化計算や強化学習では不要である。前者は生物の進化過程や集団的な振る舞いを、後者は人間の試行錯誤の過程を模倣することで、デザイン、制御規則、妥当性に優れたパラメータ値などの知識発見を試みる。

両者はいずれも、近年では主要なAI技術として位置づけられている。しかし、当時としては多大な計算資源を必要とすることから、実用性に乏しいと評されることもあった。恩師は、「新しい研究の重要性が世の中で知られるまでに20年かかるよ」とおっしゃられていた。学術界で広く知られるまでに10年、産業界で知られるまでにさらに10年である。大学院生だった筆者にとって、20年とは物心ついてからの自身の人生とほぼ同じ長さの年月である。容易には想像できないほど遠い未来の話と感じた。

あれから約20年後の現在、恩師の言葉どおりとなった。筆者が主に従事する進化計算の技術は、一般向けのソフトウェア雑誌や書籍で紹介され、市販の解析ソフトウェアにも搭載されるようになった(進化計算に分類される計算手法の一つに 「遺伝的アルゴリズム」 があり、こちらのほうが知名度は高いようだ)。深層学習などの現在人気のあるAI技術も似た経緯をたどっている。

いまから20年後、どんなAI技術が求められているだろうか。現在、その有用性が広く認識されている技術は、すでに多くの研究者らが取り組んでいる。新しい研究課題の重要性は、数十年以上の時間感覚で評価する必要がある。20年後、あるいは、それ以上先の未来のAI技術について、将来を担う学生らとのディスカッションを通じて考えること、それ自身が、現在と未来との「知の架け橋」になる。

 


そめや・ひろし 2001年東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士課程修了。博士 (工学)。専門は進化計算。「人工知能学会2011年度全国大会優秀賞」などを受賞。