Column:知の架け橋
2018年10月1日号
「QOL」を考える
体育学部生涯スポーツ学科 野坂俊弥 教授

QOLとウエルネスの狭間で
健康には多面的な捉え方がある


1961年に『ハイレベルウエルネス』を著したH・ダンは、WHOの健康の定義策定にも影響を与えた公衆衛生医ではあるが、健康をより広範で積極的に解釈するべく、ウエルネスの概念をその著書の中で提案した。また、同志社女子大学教授の野崎康明氏によると、ウエルネスとは「自分の人生には自分で責任を持つことを自覚し、より幸福でより充実した人生を送るために、自分の生活習慣(ライフスタイル)を点検し、自分で変えなければいけないことに気づき、これを変革していく過程」であると定義される。

これはつまり、QOLが高く健康状態が良好である人はもちろんのこと、何らかの疾患や障害を有している人であっても、よりよいQOLに変革していく「過程」にある人はウエルネスであると評価されることを意味する。このように、ウエルネスはQOLと密接に関連していることが想定される。

ところが、健康学部の堀越由紀子教授がこのリレーエッセイで指摘されているとおり、「質」であるQOLを客観的に評価することはとても難しい。たとえば、定義された健康がそうであるように、万人に共通のある「状態」としてQOLを措定しようとすると、バイアスの少ない客観的な指標を数多く積み重ねて評価されることになるだろう。

実際にWHOなどが示している複数のQOL質問紙を見てみると、その多くは数十ページにわたる100問以上の設問から構成されており、それらすべてに回答するだけでQOLが一時的に低下してしまいそうだ。また、そのようなリッカートスケールを用いた大量の設問すべてに満点を取ることは至難の業で、個人がどんなに努力をしたところで主観的・客観的にパーフェクトなQOLの獲得はあまり望めそうにもない。

すなわち、QOLやその指標が完全な状態を求める概念や手段として使われると、多大な不安や不満足が誘起されかねない。そのうちに『QOL という幻想』のような書物が出されるような状況になってしまうようなことも危惧される。

我々は全学必修の「健康スポーツ科目」の授業を通じて、健康とは特定の「状態」だけを指すのではなく、多面的な捉え方があることを説いてきた(『健康・フィットネスと生涯スポーツ』東海大学一般体育研究室)。そこでは、QOLの価値観を定義するためには自己実現や生きがいなどといった観点も含めた思索や議論の必要があると、受講学生たちに提起している。前回のリレーエッセイで農学部の永井竜児教授が示されたように、学生時代のたぶん低いであろうQOLを私自身も懐かしく愛しく感じるのは、当時の自分の価値観がそれを受容していたことの証左だろう。

QOLに関連する価値観について議論する必要性を発信する本学において、この好機に在学する学生諸君には、視座の高いクリティカルシンキングを通して、自他の健康とQOLを探求する智能を磨き、平和とウエルネスを愛する思想を培ってほしいものだ。

 

のさか・としや 1962年大阪市生まれ。早稲田大学教育学部卒業。筑波大学体育研究科修了。博士(スポーツ医学)。筑波大学体育科学系技官、㈶余暇開発センター研究員、㈶奈良県健康づくりセンター、長野県看護大学、静岡福祉大学などを経て2014年度から東海大学に着任。