Column:知の架け橋
2018年4月1日号
「QOL」を考える
健康学部健康マネジメント学科 堀越由紀子 教授

QOLの乱用を防ぐには
概念を明確にして注意深く誠実に


クオリティ・オブ・ライフ(Quality of Life:QOL)は、生活の質と訳されることが多いが、どこでも誰にでも通用する定義となると、なかなか難しい。それは一つには、「ライフ」の1語が、生命・生きること、生活・暮らすこと、そして人生・生涯など多様な意味を持つことによる。そしてもう一つには、「クオリティ=質」を生活や人生に引きつけて考えようとすれば、人々の選好を考慮に入れざるを得ず、結果に揺らぎが生じることも関係している。そこで、尺度としてQOLを使おうとする研究者たちは、その客観化と指標化に取り組んできた。
 
たとえばアメリカの医学研究者であるスピルカー(Spilker,B.)は、QOLは身体的状態や心理的状態に加えて、社会的交流や経済的・職業的状態、そして宗教的・実存的状態の5つの領域に集約され、それらを包括する状態としてのQOLがあると定義した。しかし、治療効果のエビデンス(evidence:根拠・根拠データ)を明らかにしたい医療では、こうした定義ではパチッとはまらない。そこで、QOLを、治療によって直接影響を受け、健康状態の改善が見込まれる範囲でとらえる「Health-related QOL:HRQL」と、直接には影響を受けない範囲でとらえる「non-health related QOL:NHRQL」に大別し、主に前者を用いた疾患・状態別の尺度が開発されてきた。

このHRQLは、たとえば脳卒中なら血圧や四肢の動きから日常生活動作や社会復帰まで、健康状態を表す多数の項目を詳しく調べるので、説得力がある。ところが実際には、健康のあり方は後者のNHRQL、すなわち地域環境や経済情勢、政治体制といった要因と無縁ではない。仮にHRQLによる測定値が同じでも、治療の手が及ばない諸
要因によって、QOLは異なってくるのである。
 
このように、QOLにはいくつかの難問がつきまとう。まず、何についてであるにせよ、「質」はそもそも測定し得るものなのかという問題がある。測定とはシンプルにいえば数値化による客観化である。質はしかし、それを判断する者の価値観に影響される。測定は客観だが価値判断は主観なので、QOLを突き詰めて考えると、この主観と客観の間でもがくことになる。それなら、ビフォー・アフターのように、主観要素を含む全体状況の比較からQOLを測ればいいという考えに至る。すると今度は、QOLが改善してもいわゆるミニマム・リクゥワイアメント(minimum requirement=求められる適切な水準)を割り込んでいたらどうなのかという疑問が生じる。
 
筆者の専門であるソーシャルワークでは、QOLを個人の次元で考えると同時に、集団ひいては社会全体における水準でも考える。せっかく治療が功を奏したのに仕事や学校、地域社会に受け入れられなかったらどうだろう。ある人が自分のQOLは高いといくら主張しても、その状況が誰から見ても人間の尊厳を損なうものだとしたらどうだろう。大げさかもしれないが、QOLには社会的公正さの問題も絡んでくる。
 
そこで私たちに求められるのは、QOLという概念を用いる際には対象と場面とを限定し、何を説明しようとしているのかをはっきりさせておくことである。QOLは、急速に高齢化が進み、人口減少や経済規模の縮小が必至となった今、非常に重要な概念である。しかし、その意味するところの包括性やあいまいさゆえに、便利な耳障りのよい言葉として乱用されやすい面もある。QOLは、注意深く、誠実に用いるようにしたい。
(参考文献) Spilker B. Introduction. In:Spilker B, edited. Quality of Life and pharmacoeconomics in Clinical Trials. New York: Lippincott Williams & Wilkins;1996. Pp.1-10.
 

ほりこし・ゆきこ
1955年横浜市生まれ。上智大学文学部社会学科卒業。ルーテル学院大学大学院総合人間学研究科博士後期課程満期退学。専門はソーシャルワーク、保健医療福祉。健康科学部社会福祉学科教授を経て現職。